今の鶴居村
北海道東部、釧路総合振興局のほぼ中央にある村です。阿寒の山すそから釧路湿原にかけて、雪裡川・幌呂川・久著呂川の流域に原野が広がります。南部は低い湿原で、北は阿寒山麓の森林地帯です。酪農が盛んで、村の名を冠したチーズも作られています。村名の由来になったタンチョウが一年を通して見られ、冬にはタンチョウを撮影するため、国内外から写真家が長く滞在します。
今の鶴居村の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,558人です。今の区域で数えた1980年の2,638人とくらべると3.0%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は35.7%です。
主な産業:酪農・農業が中心で、チーズの製造やタンチョウを見る観光も行われています。
特産品・名産
- チーズ「鶴居」村の名を冠したナチュラルチーズ
- 丹頂大根村内で栽培されるダイコンのブランド名
- クラフトビール村内で製造されるビール
見どころ・祭り
- 音羽橋タンチョウの観察スポット
- 鶴見台タンチョウが集まる場所
- 釧路湿原国の天然記念物に指定された湿原
- キラコタン岬国の天然記念物に指定された岬
木シラカンバ花コスモス鳥タンチョウ鶴居村の木・花・鳥
鶴居村のなりたち
鶴居村(つるいむら)は、北海道釧路地方の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに鶴居村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい村です。
1920年の時点で、この区域の町村は阿寒郡に属していました。
「鶴居村」という名前
「鶴居」は、特別天然記念物のタンチョウ(丹頂鶴)が生息し繁殖する地域であることにちなんだ名です。1937年(昭和12年)に舌辛村から分かれて二級町村制を施行したとき、村の名を鶴居村としました。村内では今も一年を通してタンチョウを観察できます。
まちの成り立ち
鶴居の開拓は、1885年(明治18年)に釧路の茂尻矢から27戸のアイヌの人たちが下雪裡に移り、農業を始めたことに始まります。1887年(明治20年)に下雪裡へ阿寒郡の各村を受け持つ戸長役場が置かれ、1898年(明治31年)に舌辛へ移りました。大正時代の半ばからは、本州各地から団体で入植する人が続きました。1927年(昭和2年)には、新富士から中雪裡までの植民軌道の工事が始まり、翌年に通っています。1935年(昭和10年)にタンチョウが天然記念物に指定され、1952年(昭和27年)には特別天然記念物になりました。1937年(昭和12年)4月1日、舌辛村(今の釧路市阿寒町)から分かれて二級町村制を施行し、タンチョウの生息地にちなんで鶴居村と名づけられました。1957年(昭和32年)には自主財政再建団体となり、1959年に再建計画を終えています。1987年(昭和62年)には開村50周年を迎え、村民憲章と村の花・木・鳥を定めました。今は酪農が中心の村で、冬にはタンチョウを見に訪れる人も多くなります。
年表
- 1887年阿寒郡の各村を受け持つ戸長役場が下雪裡に置かれた。種類:その他 出典:www.vill.tsurui.lg.jp
- 1923年4月大正12年雪裡・幌呂などの地区が、二級町村制を施行した舌辛村の区域となった。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1937年4月1日昭和12年舌辛村から雪裡・幌呂などの地区が分かれて二級町村制を施行し、鶴居村が置かれた。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。