今の釧路町
北海道南東部、釧路総合振興局にある町です。釧路市に隣接し、東西に約31km、南北に約20kmの広がりがあります。総面積の約8割は起伏のある山間地で、西部に釧路平野と泥炭地があるため、町はL字型をしています。釧路川や別保川が流れ、北西部は釧路湿原国立公園、南東部は厚岸道立自然公園に入ります。野菜の栽培と昆布漁、製造業が行われています。
今の釧路町の区域の人口は、2020年の国勢調査で19,105人です。今の区域で数えた1980年の13,123人とくらべると45.6%ふえ、人口は2000年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は30.1%です。
主な産業:野菜の栽培と昆布森地区の漁業、製造業が主な産業です。
特産品・名産
- ほくげん大根冷涼な気候と火山灰地質で育てる
- 長昆布若いものは棹前昆布と呼ばれる
- 野菜ダイコン・ブロッコリーなどを栽培
見どころ・祭り
- 細岡展望台釧路湿原を見渡す展望地
- 達古武沼オートキャンプ場がある沼
- 尻羽岬太平洋沿いの岬
- 岩保木水門釧路川の水門
木エゾノコリンゴ花クシロハナシノブ鳥エゾフクロウ釧路町の木・花・鳥
釧路町のなりたち
釧路町(くしろちょう)は、北海道釧路地方の町です。今の区域の大部分は、1920年(大正9年)の時点では昆布森村でした。
1920年の時点で、この区域の町村は釧路郡に属していました。
「釧路町」という名前
「釧路」の地名の由来には諸説があり、はっきりしていません。いずれもアイヌ語に漢字を当てたものとされています。町の名は、1920年(大正9年)に釧路町(現在の釧路市)が区制を施行したとき、分かれて置かれた釧路村に由来します。1955年(昭和30年)に昆布森村と合わさっても釧路村の名が残り、1980年(昭和55年)に町制を施行して釧路町になりました。
まちの成り立ち
釧路町の区域のうち、旧釧路村では明治20年ごろから畜産業者が入地して開拓が始まり、1896年(明治29年)に別保坑の採炭が始まると人口が急に増えました。旧昆布森村は、江戸時代からクスリ場所に属した漁場で、1870年(明治3年)に漁場請負人が和人100戸を移住させたことが和人定着の始まりです。1880年(明治13年)7月15日に昆布森・跡永賀・仙鳳趾の3村をまとめた戸長役場が置かれ、1919年(大正8年)4月1日に二級町村制を施行して昆布森村になりました。1920年(大正9年)7月1日に釧路町(現在の釧路市)が区制を施行したとき、釧路村が分かれて置かれました。1955年(昭和30年)1月1日、釧路村と昆布森村が合わさって新たに釧路村が置かれました。1974年(昭和49年)9月1日には釧路市との境界が決まりました。1980年(昭和55年)4月1日に町制を施行し、釧路町になりました。町域は釧路湿原の一部を含みます。
年表
- 1919年4月1日大正8年昆布森・跡永賀・仙鳳趾の3村の区域で北海道二級町村制が施行され、昆布森村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1920年7月1日大正9年釧路町(今の釧路市)が区制を施行したときに分かれ、北海道二級町村制を施行して釧路村が発足した。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1955年1月1日昭和30年釧路村と昆布森村が合併し、新しい釧路村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1980年4月1日昭和55年釧路村が町制を施行し、釧路町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。