今の清里町
オホーツク総合振興局管内の東部、斜里郡にある町です。斜里町の南に接し、斜里岳の麓に位置します。畑作が盛んで、小麦、テンサイ、馬鈴薯、タマネギ、ソバなどを生産し、農村景観が100選に選ばれました。町営の醸造所では、日本で最初のじゃがいも焼酎が造られています。摩周湖の裏側の展望台や、神の子池があります。
今の清里町の区域の人口は、2020年の国勢調査で3,883人です。今の区域で数えた1980年の6,774人とくらべると42.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は39.0%です。
主な産業:畑作が盛んで、小麦・テンサイ・馬鈴薯・タマネギ・ソバを作ります。
特産品・名産
- 清里焼酎1979年に発売された、じゃがいも焼酎
- 馬鈴薯畑作の主な作物
- 小麦畑作の主な作物
見どころ・祭り
- 斜里岳町の麓に広がる山
- 神の子池摩周湖の伏流水が湧き出てできた池
- 裏摩周展望台摩周湖を望む展望台
- 清里焼酎醸造所酒蔵見学ができる
木イチイ(オンコ)花ムクゲ清里町の木・花
清里町のなりたち
清里町(きよさとちょう)は、北海道オホーツク地方の町です。
1920年の時点で、この区域の町村は斜里郡に属していました。
「清里町」という名前
「清里」は、1955年(昭和30年)の町制施行のときに付けられた名です。「清らかな里」という意味に加え、分村の歴史を将来に残す意味で、母体の「小清水」と「斜里」から一文字ずつ採りました。それ以前は上斜里村と呼ばれ、斜里川の上流に位置することによる名でした。
まちの成り立ち
清里の地は、江戸時代には西蝦夷地に属し、1790年(寛政2年)にシャリ場所が設けられました。1801年(享和元年)には、八王子千人同心によって斜里山道が開かれました。大正のはじめには斜里町に属していて、1919年(大正8年)に小清水村が分けられました。その後、斜里町と小清水村で開発が進み、1943年(昭和18年)4月に斜里町大字斜里村の一部と小清水村大字止別村の一部を分割して統合し、一級町村制の上斜里村が発足しました。1955年(昭和30年)7月に字名が改正され、同年8月1日に町制を施行すると同時に清里町と改称しました。1975年(昭和50年)に町制施行20周年を記念して町花と町木を制定し、1977年(昭和52年)には裏摩周地区が阿寒国立公園に指定されました。1992年度(平成4年度)には全国農村景観コンクールで100選に選ばれています。1979年(昭和54年)には、町営の醸造所で作るじゃがいも焼酎の発売を始めました。
年表
- 1943年4月1日昭和18年斜里町の大字斜里村の一部と小清水村の大字止別村の一部が分かれて北海道一級町村制を施行し、上斜里村が発足した。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1955年8月1日昭和30年上斜里村が町制を施行し、同時に名を清里町に改めた。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。