11941年11月26日〜12月7日
機動部隊、ハワイへ
空母6隻を中心とする南雲機動部隊は、11月26日に千島列島の択捉島・単冠湾を出撃した。商船の少ない荒れた北太平洋を、無線を封止して東へ進んだ。12月2日、「ニイタカヤマノボレ 一二〇八」(12月8日に開戦)の電報を受け取る。
合戦絵巻 ─ 太平洋戦争 勢力図
1941年11月26日〜12月7日
1941年(昭和16年)12月8日(ハワイ時間7日)の朝、日本海軍の空母6隻から飛び立った約350機が、ハワイの真珠湾に停泊していたアメリカ太平洋艦隊を襲った。戦艦アリゾナが爆沈し、戦艦4隻が沈没・転覆して、2400人あまりが亡くなった。太平洋戦争はこの攻撃で始まった。
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1930年代、日本は中国大陸で戦争を広げ、1940年には北部仏印(いまのベトナム北部)に兵を進めて、ドイツ・イタリアと三国同盟を結んだ。アメリカは日本への警戒を強め、石油などの輸出を厳しく制限していった。
1941年7月に日本が南部仏印に進むと、アメリカは日本への石油の輸出を止め、日本の在米資産を凍結した。石油の大半をアメリカに頼っていた日本にとって、これは深刻な打撃だった。11月、アメリカは中国や仏印からの撤兵などを求める「ハル・ノート」を示し、日本は開戦を決めた。
連合艦隊司令長官の山本五十六は、開戦と同時にハワイのアメリカ艦隊をたたき、緒戦の主導権を握る作戦を立てた。11月26日、南雲忠一中将の機動部隊は、千島列島の択捉島を出撃した。
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11941年11月26日〜12月7日
空母6隻を中心とする南雲機動部隊は、11月26日に千島列島の択捉島・単冠湾を出撃した。商船の少ない荒れた北太平洋を、無線を封止して東へ進んだ。12月2日、「ニイタカヤマノボレ 一二〇八」(12月8日に開戦)の電報を受け取る。
212月8日 1:30(ハワイ 7日 6:00)
夜明け前、6隻の空母が風上に向かって全速で走り、第一次攻撃隊183機が次々に飛び立った。隊長は淵田美津雄中佐。零戦の制空隊、九九艦爆の急降下爆撃隊、九七艦攻の雷撃隊と水平爆撃隊からなる。
33:02(ハワイ 7:02)
オアフ島北端のオパナにあった米陸軍の移動式レーダーが、北方約200kmに大編隊をとらえた。しかし報告を受けた情報センターの将校は、本土から到着予定のB-17爆撃機の編隊だと判断し、警報は出されなかった。
43:19(ハワイ 7:49)
奇襲は成功した。淵田隊長は「全軍突撃せよ」(ト連送)を命じ、続いて「我奇襲に成功せり」を意味する「トラ・トラ・トラ」を打電した。まず飛行場が襲われ、破壊工作を警戒して翼を並べて駐機していた米軍機は、次々に地上で撃破された。
53:27頃(ハワイ 7:57頃)
九七艦攻の雷撃隊が、東の工廠の上空から超低空で戦艦列に迫り、魚雷を放った。水深12mほどの浅い真珠湾でも沈み込まないよう、木製の安定板をつけた改造魚雷が使われた。外側に並んでいたオクラホマとウェストバージニアに魚雷が次々に命中した。フォード島の西側では標的艦ユタが転覆した。
63:36頃(ハワイ 8:06頃)
高度3000mから水平爆撃隊が800kg徹甲爆弾を投下した。その1発がアリゾナの前部弾薬庫を貫いて大爆発を起こし、アリゾナは乗員1177人とともに沈んだ。魚雷を受けたオクラホマは転覆し、多くの乗員が船内に閉じ込められた。
74:24〜(ハワイ 8:54〜)
戦艦の中でただ1隻、ネバダがボイラーを立ち上げて湾外への脱出を図った。第二次攻撃隊の急降下爆撃隊はネバダに集中攻撃をかけた。水路をふさいで沈むことを恐れたネバダは、入口近くのホスピタル・ポイントに自ら乗り上げた。乾ドックのペンシルベニアも被弾し、駆逐艦ショーは弾薬庫が爆発した。
86:00頃〜(ハワイ 10:30頃〜)
攻撃隊は次々に空母に帰り着いた。日本側の損失は航空機29機。山口多聞少将らは第三次攻撃を進言したが、南雲長官は米空母の所在がわからないことなどから攻撃を打ち切り、機動部隊は北へ反転した。石油タンクや修理施設は無傷で残り、米空母エンタープライズとレキシントンは港外にいて難を逃れた。
9結果
米国:戦艦4隻(アリゾナ・オクラホマ・ウェストバージニア・カリフォルニア)が沈没・転覆し、ネバダが座礁、ほかに戦艦3隻が損傷。航空機188機が破壊され、民間人68人を含む2403人が死亡した。日本:航空機29機と特殊潜航艇5隻を失い、64人が戦死。アリゾナとオクラホマ以外の戦艦は引き揚げ・修理されて戦列に復帰した。開戦の通告が攻撃の後になったことで、「リメンバー・パールハーバー」を合言葉に米国の世論は一つにまとまった。
6隻の空母をひとまとめにして、数百機の艦載機で一つの目標を攻める戦い方は、当時としては新しいものだった。遠い海から航空機だけで港の艦隊を襲えることを、世界に示した。
真珠湾は水深が12mほどしかなく、ふつうの魚雷は海底に突っこんでしまう。日本海軍は木製の安定板をつけた改造魚雷と、低空からの雷撃の訓練で、これを乗り越えた。
オアフ島のレーダーは攻撃隊の大編隊をとらえていたが、本土から来る予定のB-17の編隊だと判断され、警報は出されなかった。日曜の朝で、艦隊も飛行場も守りが手薄だった。
連合艦隊司令長官。アメリカの国力をよく知り、長い戦争には反対していたとされる。1943年4月、ソロモン諸島の上空で乗っていた機が撃墜されて戦死した。
機動部隊の司令長官。第三次攻撃を行わずに引き揚げた判断は、のちに議論を呼んだ。1944年、サイパン島で自決した。
攻撃隊の総隊長。「トラ・トラ・トラ」(我奇襲に成功せり)を打電した。戦後はキリスト教の伝道者となった。
アメリカ太平洋艦隊の司令長官。攻撃を防げなかった責任を問われて解任された。
アメリカでは、戦艦4隻が沈没・転覆し、航空機188機が破壊され、民間人を含む2403人が亡くなった。日本側は航空機29機と特殊潜航艇5隻を失い、64人が戦死した。沈んだ戦艦の多くはのちに引き揚げられて修理され、戦列に戻った。
開戦の通告が攻撃の後になったことで、「リメンバー・パールハーバー」を合言葉に、アメリカの世論は戦争に向けて一つにまとまった。また、港の外にいたアメリカの空母は無傷で残り、半年後のミッドウェー海戦で日本の空母部隊を破ることになる。
日本政府はアメリカに交渉打ち切りの通告を攻撃の前に渡すつもりだったが、ワシントンの日本大使館での暗号の解読と清書に手間取り、実際に手渡したのは攻撃の約1時間後だった。これが「だまし討ち」と受けとめられた。
石油タンクや修理施設は無傷で残り、アメリカ艦隊の立ち直りを早めた。第三次攻撃でこれらをたたくべきだったという意見は当時からあった。一方、空母の居場所がわからない中で機動部隊を危険にさらせなかった、という見方もある。
ルーズベルト大統領が攻撃を事前に知りながら、参戦の口実にするため見逃した、という説が唱えられることがある。しかし、それを裏づける確かな証拠はなく、歴史家の多くは否定している。
| 1937年7月 | 日中戦争が始まる |
|---|---|
| 1940年9月 | 日独伊三国同盟 |
| 1941年8月 | アメリカが日本への石油輸出を止める |
| 1941年11月26日 | 機動部隊が択捉島を出撃。ハル・ノートが示される |
| 1941年12月8日 | 真珠湾攻撃。マレー半島への上陸。太平洋戦争が始まる |
| 1941年12月10日 | マレー沖海戦 |
| 1942年6月 | ミッドウェー海戦 |
| 部隊 | 兵力 | その後 |
|---|---|---|
| 赤城 | 1隻 | |
| 加賀 | 1隻 | |
| 蒼龍 | 1隻 | |
| 飛龍 | 1隻 | |
| 翔鶴 | 1隻 | |
| 瑞鶴 | 1隻 | |
| 比叡 | 1隻 | |
| 霧島 | 1隻 | |
| 利根 | 1隻 | |
| 筑摩 | 1隻 | |
| 駆逐艦隊 | 1隻 | |
| 駆逐艦隊 | 1隻 | |
| 駆逐艦隊 | 1隻 | |
| 制空隊 零戦43機 | 43機 | |
| 急降下爆撃隊 九九艦爆51機 | 51機 | |
| 雷撃隊 九七艦攻40機 | 40機 | |
| 水平爆撃隊 九七艦攻49機 | 49機 | |
| 第二次攻撃隊 167機 | 167機 | |
| 雷撃隊(赤城・加賀) | 約24機 | |
| 雷撃隊(蒼龍・飛龍) | 約16機 | |
| 急降下爆撃隊 | 51機 | |
| 制空隊(機銃掃射) | 43機 | |
| 水平爆撃隊(800kg徹甲弾) | 49機 | |
| 第二次攻撃隊 急降下爆撃隊 | 78機 | |
| 第二次攻撃隊 水平爆撃隊 | 54機 |
| 部隊 | 兵力 | その後 |
|---|---|---|
| ホイラー飛行場 | 炎上 | |
| カネオヘ基地 | 炎上 | |
| ヒッカム飛行場 | 炎上 | |
| フォード島航空基地 | ||
| ヒッカム飛行場 | ||
| ネバダ | 1隻 | |
| アリゾナ | 1隻 | |
| 工作艦ヴェスタル | 1隻 | |
| テネシー | 1隻 | |
| ウェストバージニア | 1隻 | |
| メリーランド | 1隻 | |
| オクラホマ | 1隻 | |
| カリフォルニア | 1隻 | |
| 標的艦ユタ | 1隻 | |
| 軽巡ローリー | 1隻 | |
| 軽巡ヘレナ | 1隻 | |
| 駆逐艦ショー | 1隻 | |
| ペンシルベニア(乾ドック) | 1隻 |
決め手
高度3000mから水平爆撃隊が800kg徹甲爆弾を投下した。その1発がアリゾナの前部弾薬庫を貫いて大爆発を起こし、アリゾナは乗員1177人とともに沈んだ。魚雷を受けたオクラホマは転覆し、多くの乗員が船内に閉じ込められた。
部隊の位置・兵力は通説にもとづく概略です。兵力には諸説があります。粒の1つがおよそ100人(船は1艘)を表します。この戦いは「太平洋戦争 勢力図」の中でも、アニメとして見られます。
主な参考:防衛庁防衛研修所戦史室『戦史叢書 ハワイ作戦』(朝雲新聞社)