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立山町たてやままち

1920年には11の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の立山町になりました。

11町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の立山町

富山県の中央部から南東へ細長く延びる中新川郡の町です。常願寺川がつくった扇状地の平野から、立山連峰の山岳地帯までが町域です。雪の多い地域で、特別豪雪地帯に指定されています。立山黒部アルペンルートが通り、山岳観光の大きな拠点となっています。山ふもとの芦峅寺などは立山信仰と結びつきが深く、平野では米づくりが盛んです。

今の立山町の区域の人口は、2020年の国勢調査で24,792人です。今の区域で数えた1980年の27,870人とくらべると11.0%減り、人口は2005年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は33.4%です。

24,792人人口(2020年)
−11.0%1980年からの増減
307.29km²面積(国土地理院)
81人/km²人口密度
33.4%65歳以上の割合
28,0111980199020052020
15歳未満 11.2%15〜64歳 55.3%65歳以上 33.4%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:米づくりと、立山黒部アルペンルートを中心にした観光が柱です。

特産品・名産

  • 立山権現かんもち寒風で干して作る手作りのかんもち
  • 米みそ町内産の大豆と米で作る味噌(立山ブランド)

見どころ・祭り

  • 立山黒部アルペンルート立山を越えて黒部へ抜ける山岳観光路
  • 雪の大谷春の開通時に見られる高い雪の壁
  • 称名滝立山の溶岩台地から落ちる大きな滝
  • 黒部ダム黒部川をせき止めたアーチダム
  • 立山カルデラ砂防博物館立山カルデラと砂防の歴史を紹介

木タテヤマスギ花キク立山町の木・花

立山町のなりたち

立山町(たてやままち)は、富山県富山地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、11の町村がありました。弓庄村・寺田村・五百石町・高野村・大森村・下段村・利田村・上段村・東谷村・釜ケ淵村・立山村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の立山町になりました。

今の名前「立山町」は、1920年にあった立山村の名前を受け継いでいます。ほかの10の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

1920年の時点で、この区域の町村は中新川郡に属していました。

111920年の町村の数
4回合併・編入の回数
307km²今の面積
1954年いちばん新しい合併

「立山町」という名前

町名は、町内にそびえる立山からとられました。1954年(昭和29年)1月10日に雄山町と5つの村が合併して町が発足したときに決まった名です。立山は古くから山岳信仰の山として知られ、ふもとの芦峅寺などには信仰を支えた集落があります。山の名そのものの由来ははっきりしていません。町の中心の「五百石」の地名は、江戸時代の新田開発で生まれた石高に由来すると伝えられています。

まちの成り立ち

江戸時代の1819年(文政2年)、十村役の朽木兵左衛門が藩の許しを得て荒れ地の開墾を始め、松本開と呼ばれました。1889年(明治22年)4月1日、町村制の施行で、松本開などの区域から五百石町が発足しました。周りには立山村・利田村・上段村・東谷村・釜ヶ淵村・高野村・大森村・下段村・寺田村・弓庄村が生まれました。1896年(明治29年)には中新川郡に属しました。

1941年(昭和16年)6月1日、弓庄村と寺田村が合併して新川村ができました。1942年(昭和17年)6月8日には、五百石町・高野村・大森村・下段村が合併して雄山町が発足しました。

昭和の大合併では、1954年(昭和29年)1月10日に雄山町・立山村・利田村・上段村・東谷村・釜ヶ淵村が合併し、立山町が発足しました。同じ年の7月10日には新川村が編入されました。翌1955年(昭和30年)1月1日には、旧新川村の横越など7つの大字が上市町に移りました。

黒部ダムの建設が進んだ1960年ごろに人口が最も多くなりました。町域は常願寺川の扇状地から立山連峰の山岳地帯までで、立山黒部アルペンルートが通っています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、上新川郡に五百石町・立山村・利田村・上段村・東谷村・釜ヶ淵村・高野村・大森村・下段村・寺田村・弓庄村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1896年4月1日明治29年上新川郡の東部が分かれて中新川郡が置かれ、五百石町と周りの村は中新川郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  3. 1941年6月1日昭和16年中新川郡の弓庄村と寺田村が合併して新川村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  4. 1942年6月8日昭和17年中新川郡の五百石町・高野村・大森村・下段村が合併して雄山町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1954年1月10日昭和29年中新川郡の雄山町・立山村・利田村・上段村・東谷村・釜ヶ淵村が合併して立山町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  6. 1954年7月10日昭和29年中新川郡新川村が立山町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
  7. 1955年1月1日昭和30年立山町の大字横越・神田・大塚・赤木・中村・野徳・野福が上市町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

立山村→立山町1894〜今
新川村1941〜1954
弓庄村1889〜1941
寺田村1889〜1941
利田村1889〜1954
上段村1889〜1954
東谷村1889〜1954
釜ケ淵村1889〜1954
雄山町1942〜1954
五百石町1889〜1942
高野村1889〜1942
大森村1889〜1942
下段村1889〜1942

参考にした資料