今の射水市
富山県のほぼ中央にあり、北は富山湾に面した市です。中央に射水平野、南に射水丘陵が広がり、庄川と小矢部川が流れます。高度成長期に富山新港がつくられ、丘の上には太閤山ニュータウンが造られました。港町の新湊には、帆船の海王丸が係留された海王丸パークがあります。湾ではシラエビやベニズワイガニが水揚げされ、住宅地と港、水郷が混ざり合う市です。
今の射水市の区域の人口は、2020年の国勢調査で90,742人です。今の区域で数えた1980年の91,317人とくらべると0.6%減り、人口は2005年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は30.7%です。
主な産業:富山新港を中心とする港湾・工業と、シラエビやベニズワイガニなどの漁業があります。
特産品・名産
- シラエビ富山湾でとれるえび。市のさかなの一つ
- ベニズワイガニ深い海でとれるかに。市のさかなの一つ
- タケノコ旧黒河村の地域で多くとれる
見どころ・祭り
- 海王丸パーク帆船海王丸が展示される港の公園
- 太閤山ランド太閤山の丘陵にある公園
- 放生津八幡宮新湊の神社。10月2日に放生祭
- 串田新遺跡国の史跡。縄文から古墳時代の遺跡
- 射水市大島絵本館大島地区にある絵本の館
木とねりこ花カワラナデシコ(花木はあじさい)射水市の木・花
射水市のなりたち
射水市(いみずし)は、富山県高岡地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、20の町村がありました。橋下条村・堀岡村・海老江村・作道村・片口村・七美村・本江村・塚原村・金山村・大江村・浅井村・二口村・水戸田村・櫛田村・黒河村・池多村・下村・大島村・大門町・小杉町です。これらの町村が、10回の合併や編入を経て、今の射水市になりました。
今の名前「射水市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの20の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の金山村が約18km²だったのに対し、今の射水市は約110km²と、およそ6.2倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は婦負郡・射水郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、射水郡は2005年(平成17年)11月1日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧小杉町の区域には小杉駅(あいの風とやま鉄道線)があります。
「射水市」という名前
「いみず」という地名は、古い歴史書『先代旧事本紀』に「伊彌頭国造(いみづのくにのみやつこ)」が出てくるのが最初とされます。語源にはいくつかの説があります。「出水」の意味で、川の河口や水のわき出る土地を表すという説や、射た矢のように流れの速い川を表すという説です。古代から続く射水郡の名前を、2005年の合併で生まれた市の名前にしました。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日、町村制の施行で、いまの市域には射水郡の新湊町・小杉町・大門町と多くの村が生まれました。
海辺の新湊町は、1940年(昭和15年)に牧野村を編入したあと、1942年に高岡市に編入されました。しかし戦後の1951年1月、旧新湊町の区域は高岡市から分かれて新湊町に戻り、3月15日に市制を施行して新湊市となりました。新湊市は1953年に作道村・片口村・堀岡村・海老江村・七美村・本江村、続いて塚原村を編入しました。
小杉町は1942年に橋下条村、1953年に金山村と大江村、1954年に黒河村を編入し、1959年には婦負郡池多村の一部も加えました。大門町は1954年3月1日に櫛田村・浅井村・水戸田村・二口村と合併して新しい大門町となりました。大島村は1969年(昭和44年)に町制を施行して大島町となり、下村は村のまま続きました。
2005年(平成17年)11月1日、新湊市・小杉町・大門町・大島町・下村の5市町村が合併し、射水市が発足しました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、射水郡に新湊町・小杉町・大門町と下村・大島村・浅井村・二口村・水戸田村・櫛田村・大江村・橋下条村・黒河村・金山村・堀岡村・塚原村・海老江村・作道村・片口村・七美村・打出本江村・牧野村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1915年1月1日大正4年射水郡打出本江村が改称し、本江村となった。種類:改称 出典:Wikipedia
- 1940年12月1日昭和15年射水郡牧野村が新湊町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1942年6月8日昭和17年射水郡橋下条村が小杉町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1942年10月1日昭和17年射水郡新湊町が高岡市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1951年1月1日昭和26年高岡市のうち旧新湊町の区域が分かれ、射水郡に新湊町と牧野村が発足した。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1951年3月15日昭和26年射水郡新湊町が市制を施行し、新湊市となった。種類:市制施行 出典:Wikipedia
- 1953年4月1日昭和28年射水郡の作道村・片口村・堀岡村・海老江村・七美村・本江村が新湊市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1953年10月5日昭和28年射水郡塚原村が新湊市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1953年11月15日昭和28年射水郡金山村が小杉町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1953年12月1日昭和28年射水郡大江村が小杉町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1954年3月1日昭和29年射水郡の大門町・櫛田村・浅井村・水戸田村・二口村が合併し、新たに大門町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1954年3月27日昭和29年射水郡黒河村が小杉町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1959年4月1日昭和34年婦負郡池多村が分割され、土代などの区域が小杉町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1969年4月1日昭和44年射水郡大島村が町制を施行し、大島町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 2005年11月1日平成17年新湊市と射水郡の小杉町・大門町・大島町・下村が合併し、射水市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。