今の舟橋村
富山県の中央、中新川郡にある村で、面積は全国の市町村で最も小さいです。富山平野のほぼ中央、常願寺川の右岸にあり、村の全域が平らな土地です。白岩川や京坪川などの小さな川が流れ、水田の向こうに立山連峰を望めます。富山地方鉄道で富山市の中心部へ15分ほどで行けるため住宅地として人口が増え、子どもの多い村として知られます。
今の舟橋村の区域の人口は、2020年の国勢調査で3,132人です。今の区域で数えた1980年の1,360人とくらべると130.3%ふえ、人口はいまもふえ続けています。65歳以上の人の割合は20.2%です。
主な産業:米・枝豆・カボチャなどの農業が営まれ、富山市に通う人の住宅地でもあります。
特産品・名産
- 枝豆村の農業の主な作物の一つ
- カボチャ村の農業の主な作物の一つ
見どころ・祭り
- 京坪川の桜並木京坪川河川公園沿いの桜
- 無量寺ハスの花で知られる寺
- 舟橋村立図書館越中舟橋駅の駅舎に併設
木マツ花サツキ舟橋村の木・花
舟橋村のなりたち
舟橋村(ふなはしむら)は、富山県富山地域の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに舟橋村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。
1920年の時点で、この区域の町村は中新川郡に属していました。
「舟橋村」という名前
村名の由来には二つの説があります。一つは、室町時代に仏生寺城の城主だった細川曾(宗)十郎が、城の堀に舟を並べて橋を架けたことによるとする説です。もう一つは、村を流れる白岩川に架けられた舟橋に由来するとする説です。舟橋は、川に舟をつないで並べ、その上に板を渡した橋のことです。どちらが正しいかははっきりしていません。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日、町村制の施行で、上新川郡の舟橋村・仏生寺村・竹内村・稲荷村など、いくつもの村の区域を合わせて舟橋村が発足しました。1896年(明治29年)には中新川郡に属しました。村は富山平野のほぼ中央、常願寺川の右岸にあり、村の中を白岩川が流れています。
その後、昭和の大合併でも平成の大合併でもほかの町村と合併せず、発足したときの村のまま続いています。面積は3.47平方キロメートルで、全国の市町村の中で最も小さい自治体です。
村の中央を富山地方鉄道が通り、富山市の中心部まで電車で15分ほどで行けます。この便利さから住宅地としての開発が進み、人口と世帯数が大きく増えました。子どもの割合が高い村としても知られます。1994年(平成6年)に簡易郵便局ができるまで、村には郵便局がありませんでした。越中舟橋駅の駅舎には村立の図書館が併設されています。
2005年(平成17年)11月1日に射水郡下村が合併でなくなったため、舟橋村は富山県でただ一つの村になりました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、上新川郡の舟橋村・仏生寺村・竹内村・稲荷村などの区域から舟橋村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年上新川郡の東部が分かれて中新川郡が置かれ、舟橋村は中新川郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。