今の多摩市
多摩川沿いの市街地から多摩丘陵へ広がり、聖蹟桜ヶ丘周辺の既存地区と多摩ニュータウンが並ぶまちです。1971年の市制と同じ年にニュータウンへの入居が始まり、大規模な住宅都市へ発展しました。旧多摩聖蹟記念館や小野神社などの歴史資源、川沿いや丘陵の緑も身近にあります。残る農地では野菜や果実を育て、地元の農産物を使った菓子も作られています。
今の多摩市の区域の人口は、2020年の国勢調査で146,951人です。今の区域で数えた1980年の95,248人とくらべると54.3%ふえ、人口は1995年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は29.0%です。
主な産業:住宅地の商業・サービス業が営まれ、野菜・果樹の都市農業も残ります。
特産品・名産
- 桜ぽるぼろん市内産の桜の塩漬けを使う菓子
- ブルーベリー市内の農地で栽培される果実
- アスパラガス市内で栽培に取り組む野菜
見どころ・祭り
- 旧多摩聖蹟記念館昭和初期の洋風建築の記念館
- 小野神社一ノ宮に鎮座する古社
- 稲荷塚古墳八角形の可能性がある古墳
花やまざくら木いちょう鳥やまばと多摩市の花・木・鳥
多摩市のなりたち
多摩市(たまし)は、東京都多摩地域の市です。今の区域の大部分は、1920年(大正9年)の時点では多摩村でした。
1920年の時点で、この区域の町村は南多摩郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、南多摩郡は1971年(昭和46年)11月1日に廃止されました。
「多摩市」という名前
「多摩」は、1889年に八村と二つの飛地がまとまった多摩村から受け継がれた名です。多摩川にちなんで名付けられたといわれます。南多摩郡の多摩村は1964年に多摩町、1971年に多摩市となりました。多摩川沿いの旧村から丘陵のニュータウンまでを、市名が一つに結んでいます。
まちの成り立ち
多摩市は、多摩川沿いの地域と多摩丘陵に広がるまちです。市内には古い集落の跡や古墳が残り、稲荷塚古墳は八角形の古墳だった可能性も考えられています。関戸などの旧村では農業を営む暮らしが続き、近代には鉄道で都心と結ばれました。聖蹟桜ヶ丘周辺では、戦後の住宅需要を受けて通勤者の住まいが増えていきました。
1889年4月1日、関戸・連光寺・乞田・貝取・落合・和田・東寺方・一ノ宮の八村と百草村・落川村の飛地が合併し、神奈川県南多摩郡多摩村が発足しました。1893年4月1日には東京府へ移管されました。1964年4月1日に町制を施行して多摩町となり、1971年11月1日には多摩市が誕生しました。
1971年に多摩ニュータウンへの入居が始まると、市の南部を中心に大規模な住宅地が形成されました。全国から集まった住民が暮らす新しいまちと、川沿いの既存地区が並ぶ都市へ発展しています。旧多摩聖蹟記念館や小野神社、旧富澤家住宅などは地域の歴史を伝えます。農地では野菜や果実の栽培も続き、市内産の農産物を生かす取り組みが行われています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、関戸村・連光寺村・乞田村・貝取村・落合村・和田村・東寺方村・一ノ宮村と百草村・落川村の飛地が合併し、神奈川県南多摩郡多摩村が発足した。種類:町村制 出典:www.city.tama.lg.jp
- 1893年4月1日明治26年南多摩郡多摩村が神奈川県から東京府へ移管された。種類:県境を越えた編入 出典:www.tokyo-mayors.jp
- 1964年4月1日昭和39年多摩村が町制を施行し、多摩町となった。種類:町制施行 出典:www.city.tama.lg.jp
- 1971年11月1日昭和46年多摩町が市制を施行し、多摩市となった。種類:市制施行 出典:www.city.tama.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。
参考にした資料
- www.city.tama.lg.jp/shisei/profile/shokai/1004100.html
- www.city.tama.lg.jp/kenkofukushi/1008238/1008143/1004077.html
- www.city.tama.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/015/079/kaitei_03.p
- www.tokyo-mayors.jp/cmsfiles/contents/0000000/69/south_tama.pdf
- www.tokyo-mayors.jp/cmsfiles/contents/0000000/69/north_tama.pdf
- www.city.tama.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/004/116/5-2.pdf