今の羽村市
多摩川と羽村草花丘陵の水と緑を持つまちです。玉川上水の取水口である羽村取水堰、まいまいず井戸や寺社が、水に結び付く地域の歴史を伝えます。養蚕を営んだ農村から都市へ変わり、自動車や時計などの製造業も地域の仕事となりました。郷土博物館や旧下田家、動物公園、地域にちなむ菓子などが、身近な文化と景観を形づくっています。
今の羽村市の区域の人口は、2020年の国勢調査で54,326人です。今の区域で数えた1980年の42,017人とくらべると29.3%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は27.2%です。
主な産業:自動車・時計などの製造業、商業・サービス業、農業が営まれます。
特産品・名産
- まいまいずポテト羽村にちなむ名前の菓子
- 桜サブレ桜にちなむ地域のサブレ
- はむら兄弟まんじゅう羽村にちなむ名前のまんじゅう
見どころ・祭り
- 羽村取水堰玉川上水の取水口
- まいまいず井戸地域の水の利用を伝える井戸
- 羽村市郷土博物館地域の暮らしと歴史を伝える博物館
花サクラ木イチョウ鳥アオバズク羽村市の花・木・鳥
羽村市のなりたち
羽村市(はむらし)は、東京都多摩地域の市です。今の区域の大部分は、1920年(大正9年)の時点では西多摩村でした。
1920年の時点で、この区域の町村は西多摩郡に属していました。
「羽村市」という名前
羽村市の名は、1956年に西多摩村が町となった際の羽村町の名を受け継いでいます。1889年には川崎村・五ノ神村・羽村が合わさり、西多摩村が発足していました。羽村という地名の語源の由来ははっきりしていません。1991年に市制を施行した市名には、町になる前から地域にあった名前が残っています。
まちの成り立ち
羽村には多摩川が流れ、羽村草花丘陵などの緑が広がります。玉川上水の取水口である羽村取水堰は、江戸へ水を送った地域の歴史を伝えています。玉川上水やまいまいず井戸、寺社の文化財には、水とともに暮らしてきた土地の姿が残っています。
1889年4月1日、川崎村・五ノ神村・羽村が合併し、神奈川県西多摩郡西多摩村が発足しました。1893年4月1日には西多摩郡が東京府へ移されました。1956年10月1日に西多摩村は町制を施行し、羽村町と名を改めました。1991年11月1日に羽村町が市制を施行し、羽村市となりました。旧村の地域と水辺を基盤に、農村から都市へと歩んだまちです。
地域では養蚕が行われ、農家の暮らしには桑を育て、蚕を飼う道具が欠かせませんでした。その後、自動車や時計などの製造に関わる工場が地域の仕事に加わりました。郷土博物館や旧下田家、動物公園などの場所は、土地の暮らしや文化にふれる入口となっています。まいまいずポテト、桜サブレ、はむら兄弟まんじゅうなど、地名や地域の景観に結び付く菓子もあります。川と用水、農業の記憶に工業や住宅の暮らしが重なり、市域を形づくっています。
年表
- 1889年4月1日明治22年川崎村・五ノ神村・羽村が合併し神奈川県西多摩郡西多摩村が発足した。種類:町村制 出典:www.tokyo-mayors.jp
- 1893年4月1日明治26年西多摩郡が神奈川県から東京府へ移管された。種類:県境を越えた編入 出典:www.tokyo-mayors.jp
- 1956年10月1日昭和31年西多摩村が町制を施行し羽村町と改称した。種類:町制施行 出典:www.tokyo-mayors.jp
- 1991年11月1日平成3年羽村町が市制を施行し羽村市となった。種類:市制施行 出典:www.tokyo-mayors.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。