今の伊豆市
静岡県の伊豆半島中央部にある市で、半島の自治体では最も面積が広い市です。市域の多くは天城山などの山稜に囲まれ、狩野川の上流域を占める内陸部と、駿河湾に面した海岸部の二つに分かれます。修善寺温泉や湯ヶ島温泉などの温泉地があり、文学ゆかりの地としても知られます。天城山麓ではワサビやシイタケの栽培が盛んで、海岸の土肥地区では漁業や海水浴が行われます。
今の伊豆市の区域の人口は、2020年の国勢調査で28,190人です。今の区域で数えた1980年の39,915人とくらべると29.4%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は42.6%です。
主な産業:温泉や海水浴などの観光と、ワサビ・シイタケの栽培、稲作、漁業が営まれています。
特産品・名産
- 天城のワサビ天城山麓で江戸時代から栽培
- シイタケ天城山麓で栽培が盛ん
- 狩野川のアユ狩野川は友釣りの発祥の地とされることが多い
見どころ・祭り
- 修善寺温泉・独鈷の湯修禅寺の門前に発展した温泉
- 浄蓮の滝天城湯ヶ島地区にある滝
- 旧天城トンネル『伊豆の踊子』ゆかりの道
- 土肥金山土肥温泉の近くの観光施設
- 恋人岬小下田にある岬
木クヌギ花ワサビ鳥キジ伊豆市の木・花・鳥
伊豆市のなりたち
伊豆市(いずし)は、静岡県伊豆地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、10の町村がありました。下狩野村・西豆村・下大見村・中大見村・上大見村・北狩野村・中狩野村・上狩野村・修善寺村・土肥村です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の伊豆市になりました。
今の名前「伊豆市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの10の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の上狩野村が約91km²だったのに対し、今の伊豆市は約359km²と、およそ3.9倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は田方郡に属していました。
「伊豆市」という名前
市の名は、旧国名の伊豆国、そして伊豆半島の名をとったものです。2004年(平成16年)に修善寺町・土肥町・中伊豆町・天城湯ケ島町の4町が合併したとき、半島の中央部で最も広い面積を占める新しい市の名として「伊豆市」が使われました。合併前の町名のうち、修善寺と土肥は今も地区名や温泉地の名として残っています。「伊豆」という語そのものの由来には諸説があり、はっきりしていません。
まちの成り立ち
伊豆市の地域は、狩野川の上流域と駿河湾の海岸にまたがります。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、狩野川沿いには田方郡の北狩野村・下狩野村・中狩野村・上狩野村が、修善寺と西海岸には君沢郡の修善寺村・土肥村・西豆村が、東の山あいには賀茂郡の下大見村・中大見村・上大見村ができ、1896年にはそろって田方郡に属しました。修善寺村は1924年(大正13年)8月31日に町制を施行して修善寺町になり、土肥村も1938年(昭和13年)に町になりました。昭和の大合併では、1956年に下狩野村が修善寺町に、西豆村が土肥町に編入されます。1958年には下大見村・中大見村・上大見村が合併して中伊豆町となり、1959年には北狩野村が分けられて、牧之郷・柏久保などが修善寺町に加わりました。1960年には中狩野村と上狩野村が合併して天城湯ケ島町が生まれています。そして2004年(平成16年)4月1日に、修善寺町・土肥町・中伊豆町・天城湯ケ島町の4町が合併し、伊豆市が発足しました。市域は伊豆半島で最も広く、内陸の温泉地から駿河湾の海岸までを含みます。修善寺は修禅寺の門前町として発展した温泉地で、1203年には鎌倉幕府の2代将軍源頼家がこの寺に幽閉されました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、田方郡に北狩野村・下狩野村・中狩野村・上狩野村が、君沢郡に修善寺村・土肥村・西豆村が、賀茂郡に下大見村・中大見村・上大見村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1896年4月1日明治29年郡制の施行に向けて田方郡・君沢郡と賀茂郡の一部の区域で改めて田方郡が設けられ、今の市域の村はすべて田方郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1924年8月31日大正13年田方郡修善寺村が町制を施行して修善寺町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1938年4月1日昭和13年田方郡土肥村が町制を施行して土肥町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年田方郡下狩野村が修善寺町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年田方郡西豆村が土肥町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1958年1月1日昭和33年田方郡の下大見村・中大見村・上大見村が合併して中伊豆町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1959年4月10日昭和34年田方郡北狩野村が分割され、牧之郷・年川・大野・柏久保が修善寺町に、田原野・浮橋・下畑が大仁町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1960年11月1日昭和35年田方郡の中狩野村と上狩野村が合併して天城湯ケ島町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 2004年4月1日平成16年田方郡の修善寺町・土肥町・中伊豆町・天城湯ケ島町が合併し、市制を敷いて伊豆市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。