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新富町しんとみちょう

1920年には2の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の新富町になりました。

2町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の新富町

今の新富町の区域の人口は、2020年の国勢調査で16,564人です。今の区域で数えた1980年の17,220人とくらべると3.8%減り、人口は2000年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は31.7%です。

16,564人人口(2020年)
−3.8%1980年からの増減
61.47km²面積(国土地理院)
269人/km²人口密度
31.7%65歳以上の割合
19,0581980199020052020
15歳未満 13.4%15〜64歳 54.9%65歳以上 31.7%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

新富町のなりたち

新富町(しんとみちょう)は、宮崎県の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。新田村・富田村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の新富町になりました。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1959年(昭和34年)3月31日に新田村・富田村が合わさって、新富町が生まれました。

今の名前「新富町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の新田村が約31km²だったのに対し、今の新富町は約59km²と、およそ1.9倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は児湯郡に属していました。

21920年の町村の数
1回合併・編入の回数
61km²今の面積
1959年いちばん新しい合併

年表

  1. 1959年3月31日昭和34年新田村・富田村が合わさって、新富町が生まれた出典:wiki

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

新富町1959〜今
新田村1889〜1959
富田村1889〜1959