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高鍋町たかなべちょう

1920年には2の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の高鍋町になりました。

2町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の高鍋町

今の高鍋町の区域の人口は、2020年の国勢調査で19,922人です。今の区域で数えた1980年の22,950人とくらべると13.2%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は32.8%です。

19,922人人口(2020年)
−13.2%1980年からの増減
43.69km²面積(国土地理院)
456人/km²人口密度
32.8%65歳以上の割合
23,2391980199020052020
15歳未満 13.2%15〜64歳 54.0%65歳以上 32.8%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

高鍋町のなりたち

高鍋町(たかなべちょう)は、宮崎県の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。上江村・高鍋町です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の高鍋町になりました。

明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1938年(昭和13年)10月1日に上江村が、高鍋町に入りました(編入)。

今の名前「高鍋町」は、1920年にあった高鍋町の名前を受け継いでいます。ほかの1の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の高鍋町が約16km²だったのに対し、今の高鍋町は約42km²と、およそ2.6倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は児湯郡に属していました。

21920年の町村の数
1回合併・編入の回数
44km²今の面積
1938年いちばん新しい合併

年表

  1. 1938年10月1日昭和13年上江村が、高鍋町に入った(編入)出典:wiki

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

高鍋町1901〜今
上江村1889〜1938