今の大船渡市
岩手県南東部の太平洋沿岸にある市です。典型的なリアス式海岸で、三陸復興国立公園のほぼ中央にあります。五葉山をはじめとする山地が背後にあり、盛川などの川が大船渡湾などに注ぎます。陸中海岸の南部では最大の港湾を持ち、水産業やセメント工業が盛んです。市域は旧気仙郡の一部で、碁石海岸などの景勝地があります。
今の大船渡市の区域の人口は、2020年の国勢調査で34,728人です。今の区域で数えた1980年の50,132人とくらべると30.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は38.0%です。
主な産業:水産業(漁業・水産加工)、セメント工業、木工業が主な産業です。
特産品・名産
- ホタテ県の移住ポータルが特産に挙げる
- ウニ県の移住ポータルが特産に挙げる
- サンマ県の移住ポータルが特産に挙げる
見どころ・祭り
- 碁石海岸国の名勝・天然記念物
- 世界の椿館・碁石椿を扱う施設
- 五葉山市の北西にそびえる山
木マツ花ツバキ鳥ウミネコ大船渡市の木・花・鳥
大船渡市のなりたち
大船渡市(おおふなとし)は、岩手県沿岸の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、10の町村がありました。日頃市村・立根村・猪川村・赤崎村・盛町・末崎村・吉浜村・越喜来村・綾里村・大船渡村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の大船渡市になりました。
今の名前「大船渡市」は、1920年にあった大船渡村の名前を受け継いでいます。ほかの9の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の大船渡村が約15km²だったのに対し、今の大船渡市は約335km²と、およそ22.3倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は気仙郡に属していました。
「大船渡市」という名前
大船渡という地名の由来は、はっきりしていません。大船渡の湊は、江戸時代に仙台藩の港として栄えた天然の良港でした。1889年(明治22年)の町村制で大船渡村が生まれ、1932年(昭和7年)に町になりました。1952年(昭和27年)に周りの町村と合併して市が生まれたときも、大船渡の名が市の名前に選ばれました。
まちの成り立ち
大船渡の湊は、江戸時代に仙台藩の港として栄えました。1611年(慶長16年)には、スペインの探検家ビスカイノが湾を訪れて測量したと伝えられています。
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、気仙郡に盛町・大船渡村・末崎村・赤崎村・猪川村・立根村・日頃市村と、北の綾里村・越喜来村・吉浜村が生まれました。大船渡村は1932年(昭和7年)4月1日に町制を施行して大船渡町になりました。
1952年(昭和27年)4月1日、大船渡町・盛町・赤崎村・猪川村・立根村・日頃市村・末崎村が合併し、大船渡市が発足しました。北の3村は1956年(昭和31年)に合併して三陸村となり、1967年(昭和42年)に町制を施行して三陸町になりました。平成に入り、2001年(平成13年)11月15日に三陸町が大船渡市に編入され、今の市の形になりました。
2011年(平成23年)の東日本大震災では、大津波で市の中心部が大きな被害を受けました。2025年(令和7年)2月には、綾里や赤崎で大きな山林火災が起きています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、気仙郡に盛町・大船渡村・末崎村・赤崎村・猪川村・立根村・日頃市村・綾里村・越喜来村・吉浜村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1932年4月1日昭和7年気仙郡大船渡村が町制を施行し、大船渡町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1952年4月1日昭和27年気仙郡の大船渡町・盛町・赤崎村・猪川村・立根村・日頃市村・末崎村が合併し、市制を施行して大船渡市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年気仙郡の越喜来村・吉浜村・綾里村が合併し、三陸村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1967年4月1日昭和42年気仙郡三陸村が町制を施行し、三陸町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 2001年11月15日平成13年気仙郡三陸町が大船渡市に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。