今の三笠市
北海道中西部、空知地方の南部にある市です。石狩平野の東の端から夕張山地にかけて、市来知・幌内・幾春別の市街地が点在します。かつては石炭を掘る炭鉱の町で、道内でも古い坑内掘りの幌内炭鉱がありました。今は工業団地を持つ工業と、メロン・スイカ・タマネギなどの農業が基幹産業です。幌内炭鉱の鉄道を生かした三笠鉄道村や、アンモナイト化石を収蔵する三笠市立博物館があります。
今の三笠市の区域の人口は、2020年の国勢調査で8,040人です。今の区域で数えた1980年の23,319人とくらべると65.5%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は47.5%です。
主な産業:工業団地を中心とした工業と、メロン・スイカ・タマネギなどの農業が基幹産業です。
特産品・名産
- 三笠メロン市内で栽培されるメロン
- 三笠スイカ市内で栽培されるスイカ
- 山崎ワイン山崎ワイナリーが造るワイン
見どころ・祭り
- 三笠市立博物館エゾミカサリュウ化石などを収蔵
- 三笠鉄道村幌内ゾーンと三笠ゾーンがある
- 空知集治監レンガ煙突集治監の歴史を伝える遺構
- 桂沢湖富良野芦別道立自然公園の湖
木ナナカマド花菊鳥ハクセキレイ三笠市の木・花・鳥
三笠市のなりたち
三笠市(みかさし)は、北海道空知地方の市です。1920年(大正9年)の時点ですでに三笠山村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、道内でもめずらしい市です。
1920年の時点で、この区域の町村は空知郡に属していました。
「三笠市」という名前
「三笠」は、1906年(明治39年)に市来知・幌内・幾春別の3村が合わさって新しい村をつくるとき、つけられた名です。中心の市来知にあった市来知神社の裏山が奈良の三笠山に似ていること、3村が合わさったことを表して「三笠山村」と名づけられ、のちに町制の施行で三笠町、市制の施行で三笠市になりました。もとの市来知は、アイヌ語の「イチキルシ」(熊の足跡が多くあるところ)が変わった名とされています。
まちの成り立ち
三笠市のあたりは、1882年(明治15年)の市来知村の開村、1883年の幌内村の開村、1889年の幾春別村の開村で開かれました。炭鉱が開かれ、1888年には空知集治監へ道内で最初の上水道が敷かれています。1884年(明治17年)に市来知村外1村戸長役場が置かれ、1891年には沼貝村なども受け持つ役場になりましたが、1895年に沼貝村が分かれました。1906年(明治39年)4月1日、市来知村・幌内村・幾春別村の3村が合わさって二級町村制を施行し、三笠山村が生まれました。1923年(大正12年)には一級町村制になり、1942年(昭和17年)9月1日に町制を施行して三笠町になっています。1957年(昭和32年)4月1日に市制を施行し、三笠市になりました。炭鉱の町として栄えましたが、1989年(平成元年)に北炭幌内炭鉱が閉山しました。今は工業と農業が基幹産業です。
年表
- 1906年4月1日明治39年空知郡の市来知村・幌内村・幾春別村が合わさって二級町村制を施行し、三笠山村となった。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1923年4月大正12年三笠山村が一級町村制を施行した。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1942年9月1日昭和17年三笠山村が町制を施行し、三笠町と改めた。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1957年4月1日昭和32年三笠町が市制を施行し、三笠市となった。種類:市制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。