今の宇和島市
愛媛県の西南部にあり、南予地方の中心となる市です。西は宇和海に面してリアス式の海岸が続き、いくつかの島があります。東には鬼ヶ城連峰が連なり、平地は少なめです。伊達家が治めた城下町で、4月には闘牛も行われます。海では真珠やハマチ、タイなどの養殖が行われ、吉田地域ではみかんの栽培が盛んです。海岸部の平野や内陸の盆地に、市街地や集落が点在します。
今の宇和島市の区域の人口は、2020年の国勢調査で70,809人です。今の区域で数えた1980年の110,920人とくらべると36.2%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.1%です。
主な産業:真珠・魚類などの水産養殖業と、みかん栽培、食品工業・造船業が中心です。
特産品・名産
- みかん市の花にも選ばれた柑橘
- じゃこ天市の水産加工品に挙げられる練り製品
- 宇和島鯛めし市の郷土料理に挙げられる
見どころ・祭り
- 宇和島城天守が残る城。国の重要文化財
- 和霊神社7月に和霊大祭が行われる神社
- 遊子水荷浦の段畑海に面した斜面の段畑
- 津島町岩松の町並み岩松川沿いに残る町並み
木ウバメガシ花みかんの花宇和島市の木・花
宇和島市のなりたち
宇和島市(うわじまし)は、愛媛県南予の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、27の町村がありました。八幡村・九島村・立間尻村・高近村・成妙村・二名村・清満村・北灘村・岩松町・御槇村・下灘村・畑地村・玉津村・立間村・喜佐方村・奥南村・高光村・三浦村・来村・戸島村・遊子村・蒋渕村・下波村・日振島村・三間村・吉田町・宇和島町です。これらの町村が、13回の合併や編入を経て、今の宇和島市になりました。
今の名前「宇和島市」は、1920年にあった宇和島町の名前を受け継いでいます。ほかの26の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の宇和島町が約26km²だったのに対し、今の宇和島市は約453km²と、およそ17.3倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は北宇和郡・東宇和郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、東宇和郡は2004年(平成16年)4月1日に廃止されました。
「宇和島市」という名前
1615年(元和元年)に伊達秀宗がこの地に入ったころ、町は「板島」と呼ばれていました。その後まもなく、宇和郡(今の南予)の政治の中心にふさわしい名として、「宇和郡」の「宇和」と「板島」の「島」を取って「宇和島」と名づけたと考えられています。
まちの成り立ち
宇和島城は文禄年間に築かれ、1614年(慶長19年)に伊達秀宗が封じられてからは、宇和島伊達家の城下町として栄えました。1889年(明治22年)12月15日の町村制で宇和島町が発足し、1917年(大正6年)に丸穂村を編入しました。1921年(大正10年)8月1日、宇和島町と八幡村が合わさって市制を施行し、宇和島市が誕生しました。その後は、1934年に九島村、1955年(昭和30年)に三浦村と高光村、1957年に来村、1974年に宇和海村を編入しています。周辺では、吉田町が1955年に吉田町・立間村・喜佐方村・奥南村・東宇和郡の玉津村などの合併で、三間町が1954年に三間村・二名村・成妙村の合併で、津島町が1955年に岩松町・畑地村・下灘村・北灘村・清満村・御槙村の合併で生まれました。2005年(平成17年)8月1日、宇和島市・吉田町・三間町・津島町の1市3町が新設合併し、新しい宇和島市が発足しました。宇和海の沿岸から、四万十川の支流が流れる三間地域までが市域です。
年表
- 1889年12月15日明治22年町村制の施行により、北宇和郡に宇和島町・吉田町と丸穂村・八幡村・九島村・三浦村・高光村・来村・下波村・蔣渕村・戸島村・日振島村・遊子村・立間尻村・奥南村・喜佐方村・立間村・成妙村・三間村・二名村・津島村・清満村・畑地村・下灘村・北灘村が、東宇和郡に玉津村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1895年7月1日明治28年北宇和郡津島村が分かれて高近村と岩松村が発足した。種類:分割 出典:www.pref.ehime.jp
- 1899年7月1日明治32年北宇和郡清満村の一部(御内・槙川)が分かれて御槙村が発足した。種類:分割 出典:www.pref.ehime.jp
- 1917年5月1日大正6年北宇和郡丸穂村が宇和島町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1919年10月3日大正8年北宇和郡岩松村が町制を施行して岩松町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ehime.jp
- 1921年8月1日大正10年北宇和郡の宇和島町と八幡村が合併し、市制を施行して宇和島市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1934年9月1日昭和9年北宇和郡九島村が宇和島市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1938年2月11日昭和13年北宇和郡立間尻村が吉田町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1938年9月10日昭和13年北宇和郡の岩松町と高近村が合併し、改めて岩松町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1951年4月1日昭和26年北宇和郡北灘村の一部が岩松町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1954年10月10日昭和29年北宇和郡の成妙村・三間村・二名村が合併して三間町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1955年2月11日昭和30年北宇和郡の清満村・御槙村・岩松町・畑地村・下灘村・北灘村が合併して津島町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1955年3月1日昭和30年北宇和郡の吉田町・奥南村・喜佐方村・立間村と高光村の一部、東宇和郡玉津村が合併し、改めて吉田町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1955年3月31日昭和30年北宇和郡の高光村(残る区域)と三浦村が宇和島市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1957年1月1日昭和32年北宇和郡来村が宇和島市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1958年4月1日昭和33年北宇和郡の下波村・蔣渕村・戸島村・日振島村・遊子村が合併して宇和海村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
- 1958年8月1日昭和33年北宇和郡広見町の大字是延の区域が三間町に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 1974年4月1日昭和49年北宇和郡宇和海村が宇和島市に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ehime.jp
- 2005年8月1日平成17年宇和島市と北宇和郡の吉田町・三間町・津島町が合併し、改めて宇和島市が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.ehime.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。