今の南部町
青森県の南東部、三戸郡の東部にある町です。町の中心部を馬淵川が東西に流れ、平地は少なく丘陵地が大半です。南には名久井岳がそびえ、県立自然公園になっています。南部氏発祥の地とされ、聖寿寺館跡など南部氏ゆかりの史跡が多くあります。りんご・サクランボ・ブドウなどの果樹づくりが盛んで、ぼたんの名所もあります。
今の南部町の区域の人口は、2020年の国勢調査で16,809人です。今の区域で数えた1980年の24,495人とくらべると31.4%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.0%です。
主な産業:りんご・サクランボ・ブドウなどの果樹栽培を中心とした農業です。
特産品・名産
- サクランボ果樹栽培の主要な品目
- りんご果樹栽培の主要な品目
- 食用菊(阿房宮)町で栽培される食用の菊
見どころ・祭り
- 聖寿寺館跡南部氏の本城だった館の跡。国の史跡
- 長谷ぼたん園130種8,000本のぼたん。かおり風景100選
- 法光寺の千本松日本の名松百選。県の天然記念物
- 南部利康霊屋国の重要文化財
- 名久井岳県立自然公園の山
木赤松花ぼたん鳥うぐいす南部町の木・花・鳥
南部町のなりたち
南部町(なんぶちょう)は、青森県三八地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、6の町村がありました。地引村・田部村・平良崎村・向村・北川村・名久井村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の南部町になりました。
今の名前「南部町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの6の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の名久井村が約61km²だったのに対し、今の南部町は約162km²と、およそ2.7倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は三戸郡に属していました。
「南部町」という名前
「南部」の名は、この地を本拠とした南部氏にちなむとみられます。町は南部氏発祥の地とされ、南部氏の本城だった聖寿寺館の跡があります。1955年(昭和30年)に向村と平良崎村が合併して南部村が生まれ、1959年(昭和34年)に南部町となりました。2006年(平成18年)の合併でも、新しい町の名に南部町が選ばれました。
まちの成り立ち
南部町は青森県の南東部、三戸郡の東部にあります。南部氏発祥の地とされ、南部氏が約200年にわたって本城とした聖寿寺館跡は国の史跡です。町の中心部を馬淵川が東西に流れ、南には標高615mの名久井岳がそびえます。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、今の町の区域には向村・平良崎村・北川村・名久井村・地引村・田部村の6村が生まれました。1955年(昭和30年)には、4月1日に地引村と田部村が合わさって福地村が、4月20日に平良崎村と向村が合わさって南部村が、7月に北川村と名久井村が合わさって名川町が発足しました。南部村は1959年(昭和34年)2月11日に町制を施行して南部町となりました。平成の合併の時期には八戸市を中心とする協議会に加わりましたが、この協議会は2004年に廃止されました。2006年(平成18年)1月1日、南部町・名川町・福地村が合併し、今の南部町が発足しました。りんごやサクランボなどの果樹づくりが盛んで、長谷ぼたん園や法光寺の千本松も知られます。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、三戸郡に向村・平良崎村・北川村・名久井村・地引村・田部村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1949年4月1日昭和24年三戸郡田部村の一部(森越)が北川村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1955年4月1日昭和30年三戸郡の地引村と田部村が合併して福地村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.aomori.lg.jp
- 1955年4月20日昭和30年三戸郡の平良崎村と向村が合併して南部村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.aomori.lg.jp
- 1955年7月29日昭和30年三戸郡の名久井村と北川村が合併して名川町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.aomori.lg.jp
- 1959年2月11日昭和34年三戸郡南部村が町制を施行して南部町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.aomori.lg.jp
- 2004年6月30日平成16年八戸市を中心とする8市町村の八戸地域合併協議会が廃止され、南部町・名川町・福地村は合併しなかった。種類:その他 出典:www.pref.aomori.lg.jp
- 2006年1月1日平成18年三戸郡の南部町・名川町・福地村が合併し、改めて南部町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.aomori.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。