1前夜
待ち伏せの準備
ハンニバルは、湖と丘にはさまれた細い道の奥に本隊を置き、丘の上にガリア人と軽装兵と騎兵を隠した。夜にはわざと遠くでたき火をさせ、陣を遠くに見せかけた。
合戦絵巻 ─ ポエニ戦争 勢力図
前夜
紀元前217年6月、イタリア中部のトラシメヌス湖のほとりで、カルタゴの名将ハンニバルが、ローマの執政官フラミニウスの軍を待ち伏せで全滅させた。湖と丘にはさまれた細い道に、濃い朝霧の中を入ってきたローマ軍に、丘の上から一斉に襲いかかった。ローマ軍は約3万のうち半分が死に、残りのほとんどが捕虜となった。
上の観戦プレイヤーでは、ハンニバル—とローマ軍(フラミニウス)約2万5000—の兵を1粒=100人で描き、布陣から決着までの5つの場面を再生する。場面のボタンで、見たいところへ飛べる。
前218年、カルタゴの将軍ハンニバルは、スペインから戦象を連れてアルプスを越え、イタリアに攻めこんだ(第二次ポエニ戦争)。同じ年の冬、トレビア川の戦いでローマ軍を破った。
翌前217年、ローマは新しい執政官フラミニウスに軍を与えた。ハンニバルはアペニン山脈を越えて沼地を進み、エトルリアの土地を荒らしながら、フラミニウスを挑発した。
民衆に人気のあったフラミニウスは、自分の土地が荒らされるのを黙って見ていられず、もう一人の執政官の軍を待たずにハンニバルを追った。
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1前夜
ハンニバルは、湖と丘にはさまれた細い道の奥に本隊を置き、丘の上にガリア人と軽装兵と騎兵を隠した。夜にはわざと遠くでたき火をさせ、陣を遠くに見せかけた。
26月21日 朝
濃い朝霧の中、ハンニバルを追うフラミニウスの軍は、偵察もせずに細い道へ次々に入っていった。
3朝
ローマ軍の先頭が本隊にぶつかったのを合図に、丘の上から一斉に攻めかかった。騎兵が道の入口をふさぎ、ローマ軍は霧の中で隊列を組むこともできず、四方から攻められた。
4朝
3時間ほどの戦いで、フラミニウスは戦死し、ローマ兵は湖に追い落とされて首まで水につかって命ごいをしたという。
5結果
ローマ軍は約1万5000人が死に、約1万5000人が捕虜となった。ハンニバルはローマ人の捕虜は留め置き、イタリアの同盟市の捕虜は「あなた方と戦いに来たのではない」と解放して、同盟市をローマから引き離そうとした。
ハンニバルは、湖と丘にはさまれた細い道の奥に本隊を置き、丘の上にガリア人と軽装兵と騎兵を隠した。前夜には遠くでたき火をさせ、陣を遠くに見せかけた。
戦いの朝は濃い霧に包まれていた。フラミニウスの軍は偵察もせずに細い道へ次々に入り、丘の上の敵に気づかなかった。
ローマ軍の先頭が本隊にぶつかったのを合図に、丘の上から一斉に攻めかかった。騎兵が道の入口をふさぎ、ローマ軍は霧の中で隊列を組むこともできず、湖に追い落とされた。
カルタゴの将軍。このとき30歳ほど。アルプス越えの途中で片目を失っていた。翌年、カンナエでさらに大きな勝利を挙げる。
ローマの執政官。民衆派の政治家として人気があった。戦いの中で討たれた。
戦いのあと独裁官に選ばれた。ハンニバルとの決戦を避けて、補給を断つ持久戦をとり、「ぐずぐず屋(クンクタトル)」とあだ名された。
ローマ軍は約1万5000人が死に、約1万5000人が捕虜となった。ハンニバルは、ローマ人の捕虜は留め置き、イタリアの同盟市の捕虜は「あなた方と戦いに来たのではない」と言って解放した。ローマとその同盟市を引き離そうとしたのである。
ローマはファビウスを独裁官に選び、決戦を避ける持久戦に切りかえた。しかし翌前216年、その戦い方に不満を持つ声が高まり、ローマは大軍でハンニバルに挑んで、カンナエで歴史的な大敗を喫する。
戦いの正確な場所は、湖の北岸のどこだったのかがはっきりせず、いくつかの説がある。古代の記録の地形と今の地形が一致しないことも、議論の理由になっている。
| 前218年 | ハンニバルがアルプスを越える。トレビア川の戦い |
|---|---|
| 前217年6月 | トラシメヌス湖畔の戦い |
| 前217年 | ファビウスが独裁官となる |
| 前216年8月 | カンナエの戦い |
| 前212年 | シュラクサイの陥落 |
| 前202年 | ザマの戦い |
| 部隊 | 兵力 | その後 |
|---|---|---|
| ハンニバル(本隊)総大将 | アフリカ・ヒスパニア兵 | |
| ガリア人の兵 | 丘にひそむ | |
| 騎兵 | 入口をふさぐ | |
| 軽装歩兵・投石兵 |
| 部隊 | 兵力 | その後 |
|---|---|---|
| 執政官フラミニウス総大将 | 戦死・壊滅 | |
| ローマ軍 | 戦死・壊滅 |
決め手
ローマ軍の先頭が本隊にぶつかったのを合図に、丘の上から一斉に攻めかかった。騎兵が道の入口をふさぎ、ローマ軍は霧の中で隊列を組むこともできず、四方から攻められた。
部隊の位置・兵力は通説にもとづく概略です。兵力には諸説があります。粒の1つがおよそ100人を表します。この戦いは「ポエニ戦争 勢力図」の中でも、アニメとして見られます。
主な参考:ポリュビオス『歴史』、リウィウス『ローマ建国以来の歴史』、長谷川博隆『ハンニバル』(講談社学術文庫)