合戦絵巻 ─ ポエニ戦争 勢力図

シュラクサイの陥落

前214年〜前212年 / シュラクサイ

前214年

海と陸からの攻撃

1粒=約100人

紀元前214年から前212年にかけて、シチリア島の都市シュラクサイ(いまのシラクーザ)を、ローマの将軍マルケルスが攻めた。町を守ったのは、75歳の数学者アルキメデスが考えた兵器だった。クレーンの鉤爪が船を持ち上げて沈め、投石機が石の雨を降らせた。力攻めをあきらめたローマ軍は町を囲み、2年後、祭りの夜に城壁を越えて町を落とした。アルキメデスはこのとき命を落とした。

上の観戦プレイヤーでは、兵を1粒=100人、船を1粒=1艘で描き、布陣から決着までの5つの場面を再生する。場面のボタンで、見たいところへ飛べる。

シュラクサイ(アルキメデス)
—
ローマ軍(マルケルス)
船60艘
いつ
前214年 → 結果

なぜ戦ったのか

シュラクサイは、シチリア島で最も大きく豊かなギリシャ人の都市だった。長くローマと同盟を結んでいたが、前216年のカンナエの戦いでローマが大敗したのち、王の死をきっかけにカルタゴの側についた。

ローマは、シチリアをカルタゴに渡すわけにはいかなかった。前214年、マルケルスが海と陸からシュラクサイを攻めた。

シュラクサイには、てこの原理や浮力の原理を発見したことで知られる、数学者アルキメデスがいた。アルキメデスは、王の頼みで、町を守るためのさまざまな兵器をつくっていた。

戦いの経過

場面の「▶ この場面を見る」で、上のプレイヤーがその場面を再生します。

1前214年

海と陸からの攻撃

マルケルスは、船を2隻つないで巨大なはしご(サンブカ)を立て、海から城壁を攻めた。陸からも攻城塔で迫った。

2前214年

アルキメデスの兵器

75歳のアルキメデスが考えた兵器が待ち受けた。城壁から突き出たクレーンの鉤爪が船首をつかんで持ち上げ、落として沈めた。大小の投石機が、遠くの船にも近くの兵にも石を浴びせた。ローマ兵は城壁から綱や木が突き出るだけで逃げ出したという。

3前213年

包囲

力攻めをあきらめたマルケルスは、町を囲んで兵糧攻めにした。

4前212年

祭りの夜

アルテミスの祭りで町の人々が酒を飲んでいた夜、ローマ兵は城壁の手薄な場所をはしごで越え、町に入った。

5結果

シュラクサイの陥落

町は略奪された。砂の上に図形を描いて考えごとをしていたアルキメデスは、「私の円を踏むな」と言ってローマ兵に殺されたと伝えられる。マルケルスは彼の死を悲しみ、墓をつくらせた。鏡で日光を集めて船を焼いたという話は、後世に書かれたもので、実際にはなかったとみられる。

勝敗を分けたもの

アルキメデスの兵器

城壁から突き出たクレーンの鉤爪が、近づいた船の船首をつかんで持ち上げ、落として沈めた。大小の投石機が、遠くの船にも近くの兵にも石を浴びせた。ローマ兵は、城壁から綱や木が突き出るのを見ただけで逃げ出したという。

兵糧攻めへ

力攻めでは落とせないと悟ったマルケルスは、町を囲んで兵糧攻めに切りかえた。包囲は2年におよんだ。

祭りの夜

女神アルテミスの祭りで町の人々が酒を飲んでいた夜、ローマ兵は城壁の手薄な場所をはしごで越えて町に入った。

主な人物とその後

アルキメデスシュラクサイ(アルキメデス)

古代ギリシャ最大の数学者・技術者。町が落ちたとき、砂の上に図形を描いて考えごとをしていて、「私の円を踏むな」と言ってローマ兵に殺されたと伝えられる。

マルケルスローマ軍(マルケルス)

ローマの将軍で、「ローマの剣」と呼ばれた。アルキメデスの才能を惜しみ、殺さないよう命じていたが、かなわなかった。その死を悲しみ、墓をつくらせたという。

戦いのあと

町は略奪され、多くの美術品がローマへ運ばれた。これがローマにギリシャの芸術を好む気風を広めるきっかけになったともいわれる。

シチリアは再びローマのものとなった。のちにローマの政治家キケロは、シチリアの総督だったとき、忘れられていたアルキメデスの墓を、球と円柱を刻んだ墓石を手がかりに見つけ出したと書いている。

諸説と論点

鏡で船を焼いたのか

アルキメデスが大きな鏡で日光を集めてローマの船を焼いた、という話がよく知られている。しかしこれは何百年もあとの記録に初めて出てくるもので、実際にはなかったとみられている。

最期の言葉

「私の円を踏むな」という最期の言葉は有名だが、古代の記録によってアルキメデスの死に方は少しずつ違っている。

関連年表

前218年第二次ポエニ戦争が始まる
前216年カンナエの戦い
前214年シュラクサイがカルタゴの側につく。マルケルスの攻撃
前212年シュラクサイの陥落。アルキメデスが死ぬ
前211年ローマがカプアを取り戻す
前202年ザマの戦い

両軍の陣容

シュラクサイ(アルキメデス)—

部隊兵力その後
シュラクサイ総大将降伏
アルキメデスの鉤爪クレーン
投石機

ローマ軍(マルケルス)船60艘

部隊兵力その後
ローマ艦隊総大将60隻・攻城はしご船戦死・壊滅
ローマの陸軍

決め手

アルキメデスの兵器

75歳のアルキメデスが考えた兵器が待ち受けた。城壁から突き出たクレーンの鉤爪が船首をつかんで持ち上げ、落として沈めた。大小の投石機が、遠くの船にも近くの兵にも石を浴びせた。ローマ兵は城壁から綱や木が突き出るだけで逃げ出したという。

あわせて見たい合戦

部隊の位置・兵力は通説にもとづく概略です。兵力には諸説があります。粒の1つがおよそ100人(船は1艘)を表します。この戦いは「ポエニ戦争 勢力図」の中でも、アニメとして見られます。
主な参考:ポリュビオス『歴史』、プルタルコス『英雄伝』マルケルス伝