合戦絵巻 ─ ポエニ戦争 勢力図

ミュラエの海戦

前260年 / シチリア北岸 ミュラエ沖

前260年

海に出た陸の国

1粒=約100人

紀元前260年、シチリア島北岸のミュラエ(いまのミラッツォ)の沖で、ローマの艦隊が、海の強国カルタゴの艦隊を破った。それまで海軍をほとんど持たなかったローマは、船首に「コルウス(カラス)」と呼ばれる乗り込み橋を取りつけ、敵の船に兵を乗り移らせて、海の上で陸の戦いを挑んだ。ローマの海での初めての大勝利である。

上の観戦プレイヤーでは、兵を1粒=100人、船を1粒=1艘で描き、布陣から決着までの5つの場面を再生する。場面のボタンで、見たいところへ飛べる。

ローマ艦隊(ドゥイリウス)
—
カルタゴ艦隊(ハンニバル・ギスコ)
船130艘
いつ
前260年 → 結果

なぜ戦ったのか

紀元前3世紀の地中海では、イタリア半島を統一したローマと、北アフリカの商業国家カルタゴが、シチリア島をめぐって対立していた。前264年、両国は戦争になった(第一次ポエニ戦争)。

カルタゴは長い海の伝統を持つ海軍大国だった。陸の国ローマは、シチリアの陸の戦いでは優勢だったが、海でカルタゴに勝てなければ、島を手に入れることはできなかった。

ローマは、難破したカルタゴの船を手本に、わずか60日で100隻以上の軍船を造ったという。漕ぎ手は、陸の上で漕ぐ練習をしたと伝えられる。

戦いの経過

場面の「▶ この場面を見る」で、上のプレイヤーがその場面を再生します。

1前260年

海に出た陸の国

それまで海軍をほとんど持たなかったローマは、難破したカルタゴの船を手本に、わずか60日で100隻以上の軍船を造ったという。漕ぎ手は陸の上で漕ぐ練習をした。

2戦いの始まり

あなどるカルタゴ

経験豊かなカルタゴの艦隊は、ローマの船を見くびり、隊列も組まずに突進してきた。ローマの船の船首には、先に鉄の爪のついた回転する橋(コルウス、カラス)が立ててあった。

3戦いの中ごろ

コルウスが落ちる

カルタゴの船が近づくと、ローマ兵はコルウスを倒して敵の甲板に突き刺し、船をつなぎとめた。重装歩兵が橋を渡って乗り込み、海の上で陸の戦いが始まった。カルタゴの船は次々に奪われた。

4戦いの終わり

カルタゴ艦隊の敗走

回りこもうとしたカルタゴの本隊も、同じように橋を落とされた。カルタゴ艦隊は約50隻を失って逃げた。

5結果

ミュラエの海戦の結果

ローマの海での初めての大勝利となった。指揮官ドゥイリウスは、奪った船の船首(ロストラ)で飾った記念柱をローマの広場に建てた。ただしコルウスは重くて船を不安定にし、嵐で多くの船が沈む原因ともなって、やがて使われなくなった。

勝敗を分けたもの

コルウス(乗り込み橋)

ローマの船の船首には、先に鉄の爪のついた、回転する橋が立ててあった。敵の船が近づくと、この橋を倒して甲板に突き刺し、船をつなぎとめた。その上を重装歩兵が渡って乗りこんだ。

海で陸の戦いを

船を操る技ではカルタゴにかなわないローマは、船どうしの戦いを、兵どうしの戦いに変えた。ローマの重装歩兵の強さが、海の上でも生きた。

あなどったカルタゴ

経験豊かなカルタゴの艦隊は、にわか造りのローマの船を見くびり、隊列も組まずに突進してきた。見慣れない橋に戸惑ううちに、船は次々に奪われた。

主な人物とその後

ドゥイリウスローマ艦隊(ドゥイリウス)

ローマの執政官で、艦隊を指揮した。勝利を記念して、奪った船の船首(ロストラ)で飾った記念柱をローマの広場に建てた。

ハンニバル・ギスコカルタゴ艦隊(ハンニバル・ギスコ)

カルタゴの将。のちの名将ハンニバル・バルカとは別の人物。敗れて小船で逃れ、のちに別の敗戦の責任を問われて処刑された。

戦いのあと

カルタゴ艦隊は約50隻を失って逃げた。ローマは海でも戦えることを示し、その後も艦隊を増やしていった。

ただ、重いコルウスは船を不安定にし、嵐で多くの船が沈む原因ともなって、やがて使われなくなった。第一次ポエニ戦争は、前241年、アエガテス諸島の海戦でローマが勝つまで、23年間続いた。シチリアはローマの最初の属州となった。

諸説と論点

コルウスはどんな形だったのか

コルウスの形は、歴史家ポリュビオスの記述だけが手がかりで、実物は見つかっていない。長さ10mほどの橋が船首の柱に取りつけられ、向きを変えられたと考えられているが、細部は研究者によって復元が違う。

関連年表

前264年第一次ポエニ戦争が始まる
前261年ごろローマが艦隊を造る
前260年ミュラエの海戦
前256年エクノモス岬の海戦。ローマ軍がアフリカに上陸
前241年アエガテス諸島の海戦。第一次ポエニ戦争が終わる
前218年第二次ポエニ戦争。ハンニバルのアルプス越え

両軍の陣容

ローマ艦隊(ドゥイリウス)—

部隊兵力その後
ローマの軍船総大将コルウス(乗り込み橋)つき
ローマの軍船
ローマの軍船

カルタゴ艦隊(ハンニバル・ギスコ)船130艘

部隊兵力その後
カルタゴの先頭の船総大将30隻降伏
カルタゴの本隊約100隻逃走

決め手

コルウスが落ちる

カルタゴの船が近づくと、ローマ兵はコルウスを倒して敵の甲板に突き刺し、船をつなぎとめた。重装歩兵が橋を渡って乗り込み、海の上で陸の戦いが始まった。カルタゴの船は次々に奪われた。

あわせて見たい合戦

部隊の位置・兵力は通説にもとづく概略です。兵力には諸説があります。粒の1つがおよそ100人(船は1艘)を表します。この戦いは「ポエニ戦争 勢力図」の中でも、アニメとして見られます。
主な参考:ポリュビオス『歴史』、長谷川博隆『カルタゴ人の世界』(講談社学術文庫)