合戦絵巻 ─ 春秋戦国 勢力図

即墨の火牛の計

前279年 / 斉 即墨

前284〜前279年

5年間の籠城

1粒=約100人

紀元前279年、斉の即墨(いまの山東省青島市の近く)で、5年にわたって籠城を続けた斉の田単が、燕軍に反撃した。田単は1000頭あまりの牛の角に刀を、尾に油をしみこませた葦を結び、夜、火をつけて燕の陣に突っこませた。「火牛の計」と呼ばれるこの奇策で燕軍は崩れ、斉は奪われた70あまりの城をすべて取り戻した。

上の観戦プレイヤーでは、斉軍(田単)約1,000と燕軍(騎劫)—の兵を1粒=100人で描き、布陣から決着までの5つの場面を再生する。場面のボタンで、見たいところへ飛べる。

斉軍(田単)
約1,000
燕軍(騎劫)
—
いつ
前284〜前279年 → 結果

なぜ戦ったのか

戦国時代の中ごろ、斉は東方の大国として力をふるっていた。しかし前284年、燕の昭王が名将・楽毅に命じ、秦・趙・韓・魏とともに斉を攻めさせた。斉は大敗し、都の臨淄も落ち、70あまりの城が燕に奪われた。

斉に残ったのは、莒と即墨の2つの城だけだった。即墨では、もとは市場の役人だった田単が人々に推されて将となり、5年にわたって城を守り続けた。

前279年、燕では昭王が亡くなり、恵王が跡を継いだ。新しい王は、もともと楽毅と仲がよくなかった。

合戦の経過

場面の「▶ この場面を見る」で、上のプレイヤーがその場面を再生します。

1前284〜前279年

5年間の籠城

燕の楽毅に70余りの城を奪われた斉で、即墨だけが田単のもとで持ちこたえていた。燕で昭王が死に、新しい恵王が楽毅を疑っていると知った田単は、うわさを流して楽毅を解任させた。代わりの将軍は騎劫だった。

2前279年

燕軍を怒らせる

田単は、燕軍が斉の捕虜の鼻を切ったり、城外の墓を掘り返したりすれば、城の者は降伏するだろうと、わざとうわさを流した。燕軍がその通りにすると、即墨の兵と民は怒りに燃え、戦う心が一つになった。田単はさらに降伏すると偽って燕軍を油断させた。

3前279年 夜

火牛の突撃

田単は1000頭余りの牛に五色の竜の模様の布を着せ、角に刀を結び、尾に油を浸した葦を束ねた。夜、城壁に開けた数十の穴から牛を出し、尾に火をつけた。熱さに狂った牛は燕軍の陣に突っ込み、後ろから5000の兵が声もなく続いた。

4前279年 夜

燕軍の崩壊

城の中の老人や子どもは銅の器を打ち鳴らし、その音は天地を揺るがした。牛に突かれた者はみな死傷し、燕軍は総崩れとなって騎劫は殺された。

5結果

即墨の戦いの結果

斉軍は逃げる燕軍を追い、奪われていた70余りの城をすべて取り戻した。田単は莒にいた襄王を臨淄に迎えた。ただ、斉はこの戦争で大きく疲れ、二度と秦と争う力を持てなかった。

勝敗を分けたもの

名将を退ける

田単は「楽毅は斉の王になろうとして、わざと城を落とさずにいる」といううわさを燕に流した。恵王は楽毅を解任し、騎劫を将に代えた。楽毅は罰を恐れて趙へ逃れた。

怒りで心を一つに

田単は、燕軍が捕虜の鼻を切ったり城外の墓を掘り返したりすれば城の者は降伏するだろう、とわざとうわさを流した。燕軍がその通りにすると、即墨の人々は怒りに燃え、戦う心が一つになった。

火牛の突撃

夜、城壁に開けた数十の穴から、尾に火をつけた牛を放った。熱さに狂った牛が燕の陣に突っこみ、そのあとを5000の兵が声もなく続いた。城の中では老人や子どもが銅の器を打ち鳴らし、燕軍は大混乱に陥った。

主な武将とその後

田単斉軍(田単)

斉の将。もとは市場の役人だったが、即墨を守りぬき、奇策で斉を救った。のちに安平君に封じられた。

楽毅燕(解任されて趙へ)

燕の名将。斉の70あまりの城を落としたが、新しい王に疑われて趙へ逃れた。三国時代の諸葛亮が、自らを管仲・楽毅にたとえたことでも知られる。

騎劫燕軍(騎劫)

楽毅に代わった燕の将。田単の策にはまり、火牛の夜襲で殺された。

合戦のあと

斉軍は逃げる燕軍を追い、奪われていた70あまりの城をすべて取り戻した。田単は莒にいた襄王を都の臨淄に迎えた。

ただ、斉は5年にわたる戦争で大きく疲れ、かつての大国の力を取り戻すことはできなかった。その後、西の秦が勢力を伸ばし、前221年、斉は六国の最後に秦に滅ぼされる。

諸説と論点

「火牛の計」は本当か

火牛の計の話は、司馬遷の『史記』の「田単列伝」に見える。劇的な話で、細部には誇張があると考えられるが、日本でも、木曾義仲が倶利伽羅峠で火牛の計を使ったという伝説の元になった。

関連年表

前284年燕の楽毅が斉を攻め、臨淄が落ちる
前284〜前279年田単が即墨で籠城を続ける
前279年燕の恵王が楽毅を解任
前279年即墨の戦い。火牛の計
前260年長平の戦い
前221年秦が斉を滅ぼし、天下を統一

両軍の陣容

斉軍(田単)約1,000

部隊兵力その後
即墨城(田単)総大将包囲
火牛1000頭余り勝利
決死の兵5000顔に模様を描く

燕軍(騎劫)—

部隊兵力その後
燕の陣(騎劫)総大将炎上
燕軍敗走
燕軍敗走

決め手

火牛の突撃

田単は1000頭余りの牛に五色の竜の模様の布を着せ、角に刀を結び、尾に油を浸した葦を束ねた。夜、城壁に開けた数十の穴から牛を出し、尾に火をつけた。熱さに狂った牛は燕軍の陣に突っ込み、後ろから5000の兵が声もなく続いた。

あわせて見たい合戦

部隊の位置・兵力は通説にもとづく概略です。兵力には諸説があります。粒の1つがおよそ100人を表します。この合戦は「春秋戦国 勢力図」の中でも、合戦アニメとして見られます。
主な参考:司馬遷『史記』田単列伝・楽毅列伝