11115年秋
天祚帝の親征
黄竜府を奪われた遼の天祚帝は、70万と号する大軍を率いて自ら女真を討ちに出た。阿骨打は刀で自分の顔を傷つけ、天を仰いで泣き、「降伏して一族が殺されるより、死んで戦おう」と兵に訴えたという。
合戦絵巻 ─ 北宋と遼・金 勢力図
1115年秋
1115年(遼の天慶5年)12月、満州の護歩答岡(いまの中国・吉林省のあたり)で、女真族の金の阿骨打が、わずか2万の兵で遼の天祚帝の大軍を破った。遼軍は70万と号していたが、都での反乱の知らせで引き返すところを追撃され、総崩れとなった。新興の金が大国・遼を倒していく転機となった戦いである。
上の観戦プレイヤーでは、金軍(阿骨打)約2万と遼軍(天祚帝)約70万、あわせて約72万の兵を1粒=100人で描き、布陣から決着までの5つの場面を再生する。場面のボタンで、見たいところへ飛べる。
10世紀から、中国の北方では契丹族の遼が大きな勢力をふるい、北宋からも毎年多くの銀や絹を受け取っていた。満州の森に住む女真族は、遼に従い、重い貢ぎ物を課されていた。
1114年、女真族の完顔部の阿骨打が遼に反旗をひるがえした。翌1115年1月、阿骨打は皇帝となり、国の名を「金」とした。そして遼の要地・黄竜府を攻め落とした。
驚いた遼の天祚帝は、70万と号する大軍を率いて自ら女真を討ちに出た。
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11115年秋
黄竜府を奪われた遼の天祚帝は、70万と号する大軍を率いて自ら女真を討ちに出た。阿骨打は刀で自分の顔を傷つけ、天を仰いで泣き、「降伏して一族が殺されるより、死んで戦おう」と兵に訴えたという。
21115年12月
遼の都で耶律章奴が反乱を企てたと聞き、天祚帝は軍を引き返し始めた。阿骨打はこれを見逃さず、2万の兵で追撃した。
31115年12月
金軍は兵を集中して遼軍の中央を突き破った。女真の騎兵は、重い鎧を着て、左右から挟むように突撃するのが得意だった。
41115年12月
遼軍は総崩れとなり、100里にわたって死体が続いたという。天祚帝は一日一夜で500里を逃げた。
5結果
遼の大軍が新興の金に敗れたことで、遼の弱さが明らかになった。金は翌年遼東を奪い、宋も金と結んで遼を攻めようと考えるようになった。兵力の数には誇張があるとみられるが、少数の金軍が大軍を破ったことは確かとされる。
遼の都で耶律章奴が反乱を企てたと聞き、天祚帝は軍を引き返し始めた。阿骨打はこれを見逃さず、2万の兵で追撃した。退きはじめた大軍は、向き直って戦う態勢が整っていなかった。
女真の騎兵は、重い鎧を着て、左右から挟むように突撃するのが得意だった。金軍は兵を集中して遼軍の中央を突き破った。
阿骨打は、刀で自分の顔を傷つけて天を仰いで泣き、「降伏して一族が殺されるより、死んで戦おう」と兵に訴えたと伝わる。少ない兵の金軍は、死にもの狂いで戦った。
金の初代皇帝(太祖)。女真の諸部族をまとめて遼に反旗をひるがえした。1123年に亡くなったが、弟の呉乞買が跡を継ぎ、遼と北宋を滅ぼす。
遼の最後の皇帝。狩りにふけって政治をおろそかにしたといわれる。大敗のあと各地を逃げ回り、1125年に金に捕らえられて遼は滅んだ。
遼の大軍が新興の金に敗れたことで、遼の弱さが明らかになった。金は翌1116年に遼東を奪い、勢いを増していった。
遼の弱体化を見た北宋は、金と手を結んで遼を挟み撃ちにしようとした(海上の盟)。遼は1125年に滅んだが、北宋はやがてその金に攻められ、1127年、都の開封を落とされて滅ぶことになる(靖康の変)。
兵力の数字は誇張があるとみられ、遼軍が実際に70万もいたとは考えにくい。それでも、少ない金軍が大軍の遼を破ったことは確かとされ、金の勢いを示す戦いとして記録された。
| 1004年 | 澶淵の盟。北宋が遼に毎年銀と絹を贈る |
|---|---|
| 1114年 | 阿骨打が遼に反旗をひるがえす |
| 1115年1月 | 阿骨打が皇帝となり、金を建てる |
| 1115年12月 | 護歩答岡の戦い |
| 1120年 | 北宋と金が海上の盟を結ぶ |
| 1125年 | 遼が滅ぶ |
| 1127年 | 靖康の変。北宋が滅ぶ |
| 部隊 | 兵力 | その後 |
|---|---|---|
| 阿骨打総大将 | 2万 | 勝利 |
| 金の騎兵(左) | ||
| 金の騎兵(右) |
| 部隊 | 兵力 | その後 |
|---|---|---|
| 天祚帝の本陣総大将 | 70万と号す | 敗走 |
| 遼軍 | 敗走 | |
| 遼軍 | 敗走 | |
| 遼の騎兵 | 敗走 |
部隊の位置・兵力は通説にもとづく概略です。兵力には諸説があります。粒の1つがおよそ100人を表します。この合戦は「北宋と遼・金 勢力図」の中でも、合戦アニメとして見られます。
主な参考:『金史』、『遼史』