今の由良町
和歌山県の西海岸にあり、西は紀伊水道、東は白馬山脈の山々に囲まれた町です。白崎には白い石灰岩の岬が突き出し、大小の入り江が連なる海岸の景観をつくっています。由良湾は天然の良港で、港の周辺には船舶修理や鉄工の工場があります。山側では柑橘類が栽培され、海辺では漁業や観光が営まれています。紀勢本線と国道42号が町を縦断しています。
今の由良町の区域の人口は、2020年の国勢調査で5,364人です。今の区域で数えた1980年の9,468人とくらべると43.3%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は39.3%です。
主な産業:柑橘栽培と漁業に加え、船舶修理・鉄工業や海辺の観光が営まれています。
特産品・名産
- ゆら早生町で栽培される温州みかんの品種
- クエ町の栽培漁業で中間育成に取り組む魚
- ヒラメ中間育成などで漁業資源を育てる魚
見どころ・祭り
- 白崎海岸白い石灰岩の岬が紀伊水道に突き出す
- 興国寺かつて法燈派の大本山だった寺院
- 戸津井鍾乳洞戸津井地区にある鍾乳洞
- 由良海つり公園海辺の釣りを楽しむ施設
木紀州槇柏花すいせん由良町の木・花
由良町のなりたち
由良町(ゆらちょう)は、和歌山県紀中地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、3の町村がありました。衣奈村・白崎村・由良村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の由良町になりました。
今の名前「由良町」は、1920年にあった由良村の名前を受け継いでいます。ほかの2の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の由良村が約16km²だったのに対し、今の由良町は約30km²と、およそ1.9倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は日高郡に属していました。
「由良町」という名前
「由良」は、万葉集にも詠まれた古い地名です。町の名は、町村制による由良村、町制後の由良町へと受け継がれました。中世には由良川沿いに由良荘があり、白崎・衣奈の地域にあった衣奈荘とともに、今の町域の基礎となりました。地名の起こりについては、かつて海部郡に属した余戸の土地に由来するとする説があります。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)の町村制施行により、日高郡に由良村・白崎村・衣奈村が誕生しました。由良川に沿う地域と、白崎や衣奈の海辺の地域が、それぞれの村として歩み始めました。1947年(昭和22年)10月には由良村が町制を施行し、由良町となりました。昭和の大合併では、1955年(昭和30年)1月1日に由良町・白崎村・衣奈村が合併し、新しい由良町が発足しました。
海に面するこの地域には、万葉集の歌に詠まれた白崎の景観や、中世の由良荘・衣奈荘の歴史が残っています。門前の興国寺は、かつて法燈派の大本山でした。境内では燈籠焼の行事が受け継がれています。こうした海岸と寺院の景観も、町の歴史を伝えています。
由良湾は広く深い天然の良港で、船舶の避難湾に指定されています。1973年(昭和48年)には港の一部で船舶修理工場が操業を始めました。1985年(昭和60年)には鉄工所の工場も稼働し、港を中心に産業が広がりました。農村では柑橘類の栽培が続き、海では漁業と釣りや海水浴を生かした観光が営まれています。紀勢本線と国道42号が町を縦断し、海岸の集落と内陸を結んでいます。
年表
- 1889年町村制の施行により、日高郡に由良村・白崎村・衣奈村が発足した。種類:町村制 出典:www.town.yura.wakayama.jp
- 1947年10月昭和22年日高郡由良村が町制を施行し、由良町となった。種類:町制施行 出典:www.town.yura.wakayama.jp
- 1955年1月1日昭和30年日高郡の由良町・白崎村・衣奈村が合併し、新しい由良町が発足した。種類:新設合併 出典:www.town.yura.wakayama.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。