今の松伏町
埼玉県南東部に位置し、江戸川、大落古利根川、中川の三つの川に囲まれた町です。北部の台地を除き、川がつくった平野と自然堤防が広がる、ほぼ平坦な地形です。東側は江戸川を隔てて千葉県野田市に接します。松伏領村と金杉村の合併を基礎とし、村名の変更と町制施行を経て現在の町になりました。町の木にマツ、花にキクを定めています。
今の松伏町の区域の人口は、2020年の国勢調査で28,266人です。今の区域で数えた1980年の18,462人とくらべると53.1%ふえ、人口は2010年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は29.7%です。
主な産業:米などの農業と、糀を使った食品や菓子などの製造が営まれています。
特産品・名産
- 甘酒米糀の風味を生かした飲み物。
- おなめ郷土の味を生かした糀加工品。
- 松伏ポテトさつまいもを使った菓子。
見どころ・祭り
- まつぶし緑の丘公園里山、広場、水辺を楽しめる県営公園。
- 松伏総合公園風車や水辺の散策を楽しめる公園。
- 松伏記念公園スポーツや催しに利用される公園。
木マツ花キク松伏町の木・花
松伏町のなりたち
松伏町(まつぶしまち)は、埼玉県東部地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。金杉村・松伏領村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の松伏町になりました。
今の名前「松伏町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
1920年の時点で、この区域の町村は北葛飾郡に属していました。
「松伏町」という名前
松伏の地名には、二つの説があります。一つは、移植された松が伏せ松の形に育ったことにちなむ説です。もう一つは、川がつくる自然堤防の地形を「ぶし」と呼び、松の生えた土地の名となったとする説です。1889年の松伏領村、1956年の松伏村への改称を経て、1969年に現在の松伏町となりました。
まちの成り立ち
松伏町は、かつて武蔵国と下総国に分かれていた地域を合わせた町です。江戸時代、松伏、田島、大川戸、上赤岩、下赤岩の五村は武蔵国松伏領に属し、金杉、魚沼、築比地の三村は下総国庄内領に属しました。川の改修や新田の開発が進み、現在の町の基礎となる地域が形成されました。
1889年4月1日、町村制により、前者の五村が合併して北葛飾郡松伏領村となり、後者の三村が合併して中葛飾郡金杉村となりました。二つの村は、異なる郡に属して出発しています。1896年に中葛飾郡が北葛飾郡へ統合され、金杉村も北葛飾郡に属することになりました。
1955年4月20日、松伏領村と金杉村は合併し、新しい松伏領村が誕生しました。旧松伏領村の名を引き継ぎましたが、金杉村を単に編入したのではなく、二村による新設合併です。翌1956年4月15日には松伏村と改称しました。
1969年4月1日、松伏村が町制を施行して松伏町となりました。合併、新しい村の名称変更、町制施行は、それぞれ別の出来事です。江戸川、大落古利根川、中川に囲まれた町の歴史には、古い国や郡の境を越えて地域が一つになった経緯が刻まれています。
年表
- 1889年4月1日明治22年北葛飾郡松伏村、大川戸村、田島村、上赤岩村、下赤岩村が合併して松伏領村となり、中葛飾郡金杉村、魚沼村、築比地村が合併して金杉村となった。種類:町村制 出典:www.town.matsubushi.lg.jp
- 1896年中葛飾郡が北葛飾郡に統合され、金杉村が北葛飾郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1955年4月20日昭和30年松伏領村と金杉村が合併し、新しい松伏領村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.saitama.lg.jp
- 1956年4月15日昭和31年松伏領村が松伏村に改称した。種類:改称 出典:www.pref.saitama.lg.jp
- 1969年4月1日昭和44年松伏村が町制を施行して松伏町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.saitama.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。