今の南島原市
今の南島原市の区域の人口は、2020年の国勢調査で42,330人です。今の区域で数えた1980年の66,556人とくらべると36.4%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.4%です。
南島原市のなりたち
南島原市(みなみしまばらし)は、長崎県の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、9の町村がありました。堂崎村・深江村・布津村・東有家村・西有家村・北有馬村・南有馬村・加津佐村・口之津村です。これらの町村が、2回の合併や編入を経て、今の南島原市になりました。
明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1927年(昭和2年)1月1日に東有家村が町になり、有家町となりました(町制施行)。1927年(昭和2年)4月1日に西有家村が町になり、西有家町となりました(町制施行)。1928年(昭和3年)1月1日に加津佐村が町になり、加津佐町となりました(町制施行)。1928年(昭和3年)1月1日に口之津村が町になり、口之津町となりました(町制施行)。1932年(昭和7年)1月1日に南有馬村が町になり、南有馬町となりました(町制施行)。
1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1956年(昭和31年)9月30日に堂崎村が、有家町と一つになりました。
その後、1962年(昭和37年)5月3日に深江村が町になり、深江町となりました(町制施行)。1969年(昭和44年)4月1日に布津村が町になり、布津町となりました(町制施行)。1969年(昭和44年)4月1日に北有馬村が町になり、北有馬町となりました(町制施行)。
1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2006年(平成18年)3月31日に深江町・布津町・有家町・西有家町・北有馬町・南有馬町・加津佐町・口之津町が合わさって、南島原市が生まれました。
今の名前「南島原市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの9の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の西有家村が約28km²だったのに対し、今の南島原市は約164km²と、およそ5.9倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は南高来郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、南高来郡は2006年(平成18年)3月31日に廃止されました。
年表
- 1927年1月1日昭和2年東有家村が町になり、有家町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1927年4月1日昭和2年西有家村が町になり、西有家町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1928年1月1日昭和3年加津佐村が町になり、加津佐町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1928年1月1日昭和3年口之津村が町になり、口之津町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1932年1月1日昭和7年南有馬村が町になり、南有馬町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1956年9月30日昭和31年堂崎村が、有家町と一つになった出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1962年5月3日昭和37年深江村が町になり、深江町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1969年4月1日昭和44年布津村が町になり、布津町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 1969年4月1日昭和44年北有馬村が町になり、北有馬町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
- 2006年3月31日平成18年深江町・布津町・有家町・西有家町・北有馬町・南有馬町・加津佐町・口之津町が合わさって、南島原市が生まれたe-Stat「加津佐町(42369)、口之津町(42370)、南有馬町(42371)、北有馬町(42372)、西有家町(42373)、有家町(42374)、布津町(42375)、深江町(42376)が合併し、南島原市(42214)を新設 南高来郡(423」
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。