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安田町やすだちょう

1920年には2の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の安田町になりました。

2町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の安田町

高知県東部、安芸郡にある町です。馬路村から流れる安田川の中・下流域の谷に沿って細長く広がり、南は土佐湾に面します。町の約8割は山林です。下流の平地ではビニールハウスによる野菜づくりが盛んで、ナスが知られます。ダムのない安田川はアユ釣りの川です。古い町並みが残り、四国霊場の神峯寺があります。

今の安田町の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,370人です。今の区域で数えた1980年の4,428人とくらべると46.5%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は45.8%です。

2,370人人口(2020年)
−46.5%1980年からの増減
52.36km²面積(国土地理院)
45人/km²人口密度
45.8%65歳以上の割合
4,4281980199020052020
15歳未満 8.9%15〜64歳 45.3%65歳以上 45.8%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:ハウス園芸が盛んで、ナスなどを栽培します。酒造業もあります。

特産品・名産

  • ナスハウスで栽培する野菜
  • アユダムのない安田川の清流で獲れる
  • 土佐鶴(日本酒)町に本社のある酒造会社の日本酒

見どころ・祭り

  • 神峯寺四国霊場第27番札所
  • 北寺国の重要文化財の仏像9躯を所蔵
  • 安田の古い町並み町の古い町並み
  • 大心劇場古い設備を保存して使う映画館
  • 唐浜海岸からの展望がある

木くすの木花はまゆう鳥うぐいす安田町の木・花・鳥

安田町のなりたち

安田町(やすだちょう)は、高知県東部の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。中山村・安田村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の安田町になりました。

今の名前「安田町」は、1920年にあった安田村の名前を受け継いでいます。ほかの1の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。

面積は、1920年の安田村が約16km²だったのに対し、今の安田町は約51km²と、およそ3.1倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は安芸郡に属していました。

21920年の町村の数
1回合併・編入の回数
52km²今の面積
1943年いちばん新しい合併

「安田町」という名前

「安田」の由来ははっきりしていません。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、安田村・西島村・唐浜村・東島村の区域をもって、安芸郡に安田村が発足しました。この村名は、合わさった村の一つの安田村と同じです。1925年(大正14年)2月11日に町制を施行して、安田町になりました。

まちの成り立ち

安田町は、高知県東部の安芸郡にあり、安田川の中・下流域の谷に沿って細長く広がります。南は土佐湾に面し、町の約8割は山林です。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、安田村・西島村・唐浜村・東島村の区域をもって安田村が発足しました。この時、北隣には中山村もできています。1925年(大正14年)2月11日に安田村が町制を施行して、安田町となりました。1943年(昭和18年)10月1日には中山村を編入し、現在の町域になりました。昭和の大合併でも平成の大合併でも、他の市町村とは合わさっていません。安田川はダムのない清流で、アユ釣りが盛んです。安田川の下流と東谷川の流域の平地では、ビニールハウスで野菜を作り、町はハウス園芸の発祥の地といわれます。町には土佐鶴酒造が本社を置き、四国霊場第27番札所の神峯寺があります。町の北には馬路村が接し、町役場は2020年(令和2年)7月27日に新庁舎での業務を始めました。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、安芸郡に安田村(安田村・西島村・唐浜村・東島村の区域)と中山村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1925年2月11日大正14年安田村が町制を施行して安田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  3. 1943年10月1日昭和18年中山村が安田町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

安田村→安田町1889〜今
中山村1889〜1943

参考にした資料