今の田野町
高知県東部、安芸郡にある町で、四国でいちばん面積の小さい自治体です。土佐湾に面し、西は奈半利川を隔てて奈半利町と向かい合います。海辺では海水から作る完全天日塩の製塩が行われます。古い酒蔵や旧役場、岡御殿などの歴史的な建物が残り、浜口雄幸の旧邸もあります。冷菓づくりなど食品加工もある町です。
今の田野町の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,498人です。今の区域で数えた1980年の4,149人とくらべると39.8%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は42.8%です。
主な産業:製塩と漁業、農業、冷菓などの食品加工、観光業があります。
特産品・名産
- 完全天日塩海水を天日で干して作る塩
- 冷菓町の食品加工の製品
見どころ・祭り
- 岡御殿県指定文化財
- 浜口雄幸旧邸町内の旧邸
- 長法寺臥竜梅がある寺
- 福田寺二十三士の墓がある寺
- 天日塩づくり体験施設完全天日塩の製塩体験ができる
木魚梁瀬杉花そめいよしの鳥めじろ田野町の木・花・鳥
田野町のなりたち
田野町(たのちょう)は、高知県東部の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに田野村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は安芸郡に属していました。
「田野町」という名前
「田野」の由来ははっきりしていません。1889年(明治22年)の町村制施行で、安芸郡に田野村が単独で発足しました。1920年(大正9年)5月1日に町制を施行して、田野町になりました。町の名は、もとの田野村の名を引き継いでいます。
まちの成り立ち
田野町は、高知県東部の安芸郡にあり、四国でいちばん面積の小さい自治体です。1889年(明治22年)の町村制の施行で、田野村が単独で発足しました。1920年(大正9年)5月1日に町制を施行して田野町となり、安芸郡の5番目の町になりました。昭和の大合併でも平成の大合併でも、町は他の市町村と合わさらず、田野村の時代と同じ区域を保っています。町の西の奈半利川を隔てた先には奈半利町があります。町内には、福田寺の二十三士の墓や、清岡道之助生家、岡御殿などの県指定文化財があります。登録有形文化財には、濵川商店酒蔵、旧田野町役場、長法寺本堂があります。海辺では、海水から作る完全天日塩の製塩が行われ、塩づくりの体験施設もあります。町の産業には、冷菓の製造などの食品加工もあります。町では農業と漁業も営まれています。町内には、内閣総理大臣を務めた浜口雄幸の旧邸があり、県立の中芸高等学校も置かれています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、安芸郡に田野村が単独で発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1920年5月1日大正9年田野村が町制を施行して田野町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.kochi.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。