今の芸西村
高知県の東部にある安芸郡の村で、土佐湾に面して南北に細長く広がります。主な産業は農業と林業で、ナス、ピーマン、黒糖、花きのブルースターを産します。砂浜と松原が続く琴ヶ浜は、村の代表的な景勝地です。村には製糖の作業を見られる伝承館や、天文学習館があります。西分漁港では漁業も営まれています。
今の芸西村の区域の人口は、2020年の国勢調査で3,694人です。今の区域で数えた1980年の4,653人とくらべると20.6%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.3%です。
主な産業:農業・林業が中心で、ナス、ピーマン、黒糖、ブルースターなどを産します。
特産品・名産
- ナス村の名産の野菜
- 黒糖村内で製糖して作る
- ブルースター花きの名産。2011年に品種が最優秀賞
見どころ・祭り
- 琴ヶ浜白砂青松の海岸
- 芸西天文学習館70センチ反射望遠鏡がある
- 伝承館製糖作業を行う施設
- 芸西村筒井美術館村出身の画家、筒井広道の作品を展示
- 住吉海岸のメランジュ高知県の天然記念物
木クロマツ花つつじ鳥メジロ芸西村の木・花・鳥
芸西村のなりたち
芸西村(げいせいむら)は、高知県東部の村です。今の村の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。馬ノ上村・和食村・西分村・東川村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の芸西村になりました。
今の名前「芸西村」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
1920年の時点で、この区域の町村は安芸郡・香美郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、香美郡は2006年(平成18年)3月1日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧和食村の区域には和食駅(土佐くろしお鉄道 阿佐線)があります。旧西分村の区域には西分駅(土佐くろしお鉄道 阿佐線)があります。
「芸西村」という名前
「芸西」の由来ははっきりしていません。1954年(昭和29年)7月20日に、安芸郡の和食村・馬ノ上村・西分村が合わさって発足したときに付けられた名前です。村は高知県の東部にあり、土佐湾に面して南北に細長く広がっています。
まちの成り立ち
芸西村は、高知県の東部にあり、土佐湾に面して南北に細長い村です。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、和食村・馬ノ上村・西分村が、それぞれ単独の村として発足しました。1954年(昭和29年)7月20日、この3つの村が合わさって、芸西村が発足しました。翌1955年(昭和30年)4月1日には、香美郡東川村の一部(大字久重山・道家・国光)を編入しています。1956年(昭和31年)4月1日には、和食・西分・馬ノ上の各小学校が統合されて、芸西小学校が開校しました。2002年(平成14年)7月1日に土佐くろしお鉄道のごめん・なはり線が開業し、1974年(昭和49年)に廃止された土佐電気鉄道安芸線に代わる鉄道が通りました。主な産業は農業と林業で、ナス、ピーマン、黒糖、ブルースターなどの花きを産します。平成の大合併でも、村は他の市町村と合わさらず、村として続いています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、安芸郡に和食村・馬ノ上村・西分村がそれぞれ単独で発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1954年7月20日昭和29年和食村・馬ノ上村・西分村が合併して芸西村が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.kochi.lg.jp
- 1955年4月1日昭和30年香美郡東川村の一部(久重山・道家・国光)が芸西村に編入された。種類:一部編入 出典:www.pref.kochi.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。