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錦江町きんこうちょう

1920年には2の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の錦江町になりました。

2町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の錦江町

今の錦江町の区域の人口は、2020年の国勢調査で6,944人です。今の区域で数えた1980年の13,829人とくらべると49.8%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は46.6%です。

6,944人人口(2020年)
−49.8%1980年からの増減
163.19km²面積(国土地理院)
43人/km²人口密度
46.6%65歳以上の割合
13,8291980199020052020
15歳未満 10.1%15〜64歳 43.4%65歳以上 46.6%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

錦江町のなりたち

錦江町(きんこうちょう)は、鹿児島県の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。大根占村・田代村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の錦江町になりました。

明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1933年(昭和8年)8月1日に大根占村が町になり、大根占町となりました(町制施行)。

1953年の町村合併促進法をきっかけに、全国で町村の合併が一気に進みました(昭和の大合併)。この区域では、1961年(昭和36年)4月1日に田代村が町になり、田代町となりました(町制施行)。

1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2005年(平成17年)3月22日に大根占町・田代町が合わさって、錦江町が生まれました。

今の名前「錦江町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の大根占村が約81km²だったのに対し、今の錦江町は約154km²と、およそ1.9倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は肝属郡に属していました。

21920年の町村の数
1回合併・編入の回数
163km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

年表

  1. 1933年8月1日昭和8年大根占村が町になり、大根占町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  2. 1961年4月1日昭和36年田代村が町になり、田代町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  3. 2005年3月22日平成17年大根占町・田代町が合わさって、錦江町が生まれたe-Stat「大根占町(46486)、田代町(46488)が合併し、錦江町(46490)を新設」

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

錦江町2005〜今
大根占村→大根占町1889〜2005
田代村→田代町1889〜2005