鹿児島県 › 肝付町

肝付町きもつきちょう

1920年には2の町村だった区域が、1回の合併・編入を経て、今の肝付町になりました。

2町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の肝付町

今の肝付町の区域の人口は、2020年の国勢調査で14,227人です。今の区域で数えた1980年の23,361人とくらべると39.1%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は41.4%です。

14,227人人口(2020年)
−39.1%1980年からの増減
308.04km²面積(国土地理院)
46人/km²人口密度
41.4%65歳以上の割合
23,3611980199020052020
15歳未満 11.6%15〜64歳 47.0%65歳以上 41.4%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

肝付町のなりたち

肝付町(きもつきちょう)は、鹿児島県の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。高山村・内之浦村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の肝付町になりました。

明治の町村制(1889年)のあと、戦前までに、この区域では、1932年(昭和7年)4月1日に高山村が町になり、高山町となりました(町制施行)。1932年(昭和7年)10月1日に内之浦村が町になり、内之浦町となりました(町制施行)。

1999年からは、国の後押しで全国の市町村の合併が進みました(平成の大合併)。この区域では、2005年(平成17年)7月1日に高山町・内之浦町が合わさって、肝付町が生まれました。

今の名前「肝付町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の内之浦村が約170km²だったのに対し、今の肝付町は約291km²と、およそ1.7倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は肝属郡に属していました。

21920年の町村の数
1回合併・編入の回数
308km²今の面積
2005年いちばん新しい合併

年表

  1. 1932年4月1日昭和7年高山村が町になり、高山町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  2. 1932年10月1日昭和7年内之浦村が町になり、内之浦町となった(町制施行)出典:国土数値情報「行政区域」1920年版の廃止年月日
  3. 2005年7月1日平成17年高山町・内之浦町が合わさって、肝付町が生まれたe-Stat「内之浦町(46483)、高山町(46484)が合併し、肝付町(46492)を新設」

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

肝付町2005〜今
高山村→高山町1889〜2005
内之浦村→内之浦町1889〜2005