今の三豊市
香川県の西部にあり、市域は北の瀬戸内海から南の讃岐山脈まで県を南北に縦断します。北部には荘内半島が突き出し、紫雲出山や粟島・志々島などの島があります。中部は高瀬川と財田川が流れる三豊平野で、南部は讃岐山脈の山あいです。詫間港を中心に臨海の工業があり、父母ヶ浜は遠浅の海面が空を映す光景で知られます。
今の三豊市の区域の人口は、2020年の国勢調査で61,857人です。今の区域で数えた1980年の77,939人とくらべると20.6%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は36.6%です。
主な産業:詫間港を中心とした工業と、みかん・茶・花などの農業、観光が中心です。
特産品・名産
- みかん市の特産品
- お茶市の特産品。高瀬の茶畑が知られる
- マーガレット生産量日本一とされる市の花
見どころ・祭り
- 父母ヶ浜遠浅の海面が鏡のように空を映す浜
- 本山寺本堂は国宝。八十八箇所の第70番札所
- 紫雲出山荘内半島の山。桜と遺跡で知られる
- 粟島漂流郵便局などがある島
- 津嶋神社夏の大祭の日だけ橋が架かる
木サクラ花マーガレット三豊市の木・花
三豊市のなりたち
三豊市(みとよし)は、香川県西讃の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、22の町村がありました。上高瀬村・勝間村・麻村・比地二村・二ノ宮村・比地大村・桑山村・笠田村・本山村・上高野村・粟島村・荘内村・神田村・財田大野村・辻村・河内村・大見村・下高瀬村・吉津村・詫間村・仁尾村・財田村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の三豊市になりました。
今の名前「三豊市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの22の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の財田村が約46km²だったのに対し、今の三豊市は約218km²と、およそ4.7倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は三豊郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、三豊郡は2006年(平成18年)1月1日に廃止されました。
「三豊市」という名前
三豊という名は、旧三豊郡の名を受け継いだものです。三豊郡は、1899年(明治32年)に三野郡と豊田郡が合わさって生まれた郡で、二つの郡の名から一字ずつとった名とされます。三豊市の区域は、ほとんどが旧三野郡に、山本町の辻・河内のあたりが旧豊田郡に属していました。2006年(平成18年)に郡内の7町が合わさって市になったとき、郡の名が市の名になりました。
まちの成り立ち
1890年(明治23年)2月15日の町村制で、今の三豊市の区域には22の村が生まれました。1899年(明治32年)には三野郡と豊田郡が合わさって三豊郡となっています。仁尾村は1924年(大正13年)に、詫間村は1942年(昭和17年)に町制を施行しました。昭和の大合併では、1955年(昭和30年)3月31日に上高瀬村・勝間村など5村が合わさって高瀬町が、本山村・笠田村など5村が合わさって豊中村が生まれました。4月1日には詫間町が粟島村・荘内村と合わさって改めて発足し、大見村・下高瀬村・吉津村が三野村に、辻村・河内村・神田村・財田大野村が山本村になっています。豊中村と山本村は1957年(昭和32年)、三野村は1961年(昭和36年)に町となり、1970年(昭和45年)2月15日には財田村が町制を施行して、三豊郡から村がなくなりました。2006年(平成18年)1月1日、高瀬町・山本町・三野町・豊中町・詫間町・仁尾町・財田町の7町が合わさって三豊市が発足し、三豊郡はなくなりました。
年表
- 1890年2月15日明治23年町村制の施行により、三野郡に詫間村・粟島村・荘内村・仁尾村・財田村・上高瀬村・勝間村など20村、豊田郡に辻村・河内村の2村が発足した。種類:町村制 出典:www.city.mitoyo.lg.jp
- 1899年4月1日明治32年郡制の施行で三野郡と豊田郡が合わさって三豊郡となった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
- 1924年4月1日大正13年三豊郡仁尾村が町制を施行し、仁尾町となった。種類:町制施行 出典:www.city.mitoyo.lg.jp
- 1942年4月15日昭和17年三豊郡詫間村が町制を施行し、詫間町となった。種類:町制施行 出典:www.city.mitoyo.lg.jp
- 1955年3月31日昭和30年三豊郡の上高瀬村・勝間村・麻村・比地二村・二ノ宮村が合併し、町制を施行して高瀬町が発足した。同じ日に本山村・上高野村・笠田村・比地大村・桑山村が合併して豊中村が発足した。種類:新設合併 出典:www.city.mitoyo.lg.jp
- 1955年4月1日昭和30年三豊郡の詫間町・粟島村・荘内村が合併し、改めて詫間町が発足した。同じ日に大見村・下高瀬村・吉津村が合併して三野村が、神田村・財田大野村・辻村・河内村が合併して山本村が発足した。種類:新設合併 出典:www.city.mitoyo.lg.jp
- 1957年1月1日昭和32年三豊郡豊中村が町制を施行し、豊中町となった。種類:町制施行 出典:www.city.mitoyo.lg.jp
- 1957年11月3日昭和32年三豊郡山本村が町制を施行し、山本町となった。種類:町制施行 出典:www.city.mitoyo.lg.jp
- 1961年9月1日昭和36年三豊郡三野村が町制を施行し、三野町となった。種類:町制施行 出典:www.city.mitoyo.lg.jp
- 1970年2月15日昭和45年三豊郡財田村が町制を施行し、財田町となった。種類:町制施行 出典:www.city.mitoyo.lg.jp
- 2006年1月1日平成18年三豊郡の高瀬町・山本町・三野町・豊中町・詫間町・仁尾町・財田町が合併し、三豊市が発足した。種類:新設合併 出典:www.city.mitoyo.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。