今の能登町
石川県の能登半島の北東部にある鳳珠郡の町です。北は珠洲市と輪島市、南西は穴水町に接し、東と南は富山湾に面して長い海岸線が続きます。海岸の大半は能登半島国定公園に入っています。宇出津港や小木港は漁業と商業で栄えてきました。縄文時代の真脇遺跡があり、恋路海岸や九十九湾などの景色が知られます。2024年の能登半島地震で大きな被害を受けました。
今の能登町の区域の人口は、2020年の国勢調査で15,687人です。今の区域で数えた1980年の31,277人とくらべると49.8%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は50.4%です。
主な産業:漁業と稲作が中心で、ブルーベリーや能登牛も特産品です。
特産品・名産
- 宇出津港のと寒ぶり宇出津港で水揚げされる冬のブリ
- ブルーベリー町の農業の特産品
- いしり魚からつくる発酵調味料
見どころ・祭り
- 真脇遺跡縄文時代の集落の遺跡
- 九十九湾入り組んだ入り江が続く湾
- 恋路海岸町の海岸の景勝地
- 松波城址公園庭園は名勝・県指定史跡
木モチノキ花のときりしま鳥ヤマセミ能登町の木・花・鳥
能登町のなりたち
能登町(のとちょう)は、石川県能登地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。神野村・宇出津町・小木村・三波村・鵜川村・柳田村・木郎村です。これらの町村が、5回の合併や編入を経て、今の能登町になりました。
今の名前「能登町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの7の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の柳田村が約96km²だったのに対し、今の能登町は約278km²と、およそ2.9倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は珠洲郡・鳳珠郡・鳳至郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、珠洲郡は2005年(平成17年)3月1日に廃止されました、鳳至郡は2005年(平成17年)3月1日に廃止されました。
「能登町」という名前
町の名前は、昔の国の名前「能登」からとられました。能登国は奈良時代に越前国から分かれて置かれた国で、能登半島の全体にあたります。2005年に能都町・柳田村・内浦町が合併したとき、この国の名前を町の名前にしました。合併した町の一つの能都町も「のと」と読む名前でした。町の名前は「のとちょう」と読みます。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日、町村制の施行で、いまの町域には鳳至郡の宇出津町と村々、珠洲郡の村々が生まれました。1907年(明治40年)から翌年にかけて村の統合が進み、小木村・木郎村・柳田村・鵜川村などが新しく生まれています。
その後、小木村が1921年(大正10年)に、鵜川村が1939年(昭和14年)に町になりました。木郎村は1948年に名前を改めて町制を施行し、松波町となりました。
昭和の大合併では、1955年(昭和30年)3月25日に宇出津町・三波村・小木町と神野村の一部が合併して能都町が生まれ、神野村の残りは柳田村に入りました。同じ年の10月には、能都町のうち小木・越坂など旧小木町の一部が松波町に移っています。1956年には鵜川町が能都町に編入され、1958年に松波町は内浦町と名前を変えました。
2005年(平成17年)3月1日、能都町・柳田村・内浦町が合併し、能登町が発足しました。宇出津港や小木港は漁業と商業で栄えてきた港です。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、鳳至郡に宇出津町と柳田村・上町村・岩井戸村・神野村・三波村・鵜川村・山田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、珠洲郡に小木村・高倉村・木郎村・宮崎村・松波村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1907年10月15日明治40年珠洲郡で村の統合が行われ、小木村・高倉村が小木村に、宮崎村・木郎村・松波村が木郎村になった。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1908年4月1日明治41年鳳至郡で村の統合が行われ、柳田村・上町村・岩井戸村が柳田村に、山田村・鵜川村が鵜川村になった。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1921年1月1日大正10年珠洲郡小木村が町制を施行し、小木町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1939年11月3日昭和14年鳳至郡鵜川村が町制を施行し、鵜川町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1948年5月1日昭和23年珠洲郡木郎村が改称とともに町制を施行し、松波町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1955年3月25日昭和30年鳳至郡の宇出津町・三波村と神野村の一部(藤ノ瀬・宇加塚・曽又・鶴町)、珠洲郡小木町が合併し、鳳至郡に能都町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年3月25日昭和30年鳳至郡神野村の残りの区域(神和住・中斎)が柳田村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1955年10月10日昭和30年能都町の一部(小木・越坂・市之瀬・明野)が珠洲郡松波町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年鳳至郡鵜川町が能都町に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1958年12月1日昭和33年珠洲郡松波町が改称し、内浦町となった。種類:改称 出典:Wikipedia
- 2005年3月1日平成17年鳳至郡の能都町・柳田村と珠洲郡内浦町が合併し、鳳珠郡能登町が発足した。種類:新設合併 出典:www.town.noto.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。