今の境町
茨城県西部の利根川沿いにある町です。川の水辺と緑のある田園を持ち、昭和の合併で旧境町と静・長田・猿島・森戸の四村がまとまりました。さしま茶やレタス、ねぎ、トマトが町の名産品です。塚崎の獅子舞や若林の大杉ばやしなど、地区ごとの行事も受け継がれています。町の木はモクセイ、花はカンナで、地域の暮らしに親しまれています。
今の境町の区域の人口は、2020年の国勢調査で24,201人です。今の区域で数えた1980年の25,696人とくらべると5.8%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は29.1%です。
主な産業:さしま茶や小麦などの農業と、地場産品を生かす食品づくりが根付いています。
特産品・名産
- さしま茶町内で受け継がれる茶の栽培
- ゆめかおり地元のパンづくりにも使う小麦
- さかいサンド町産の小麦や野菜を使った名物
見どころ・祭り
- 河岸の駅さかい利根川沿いの交流拠点
- 境町粛粲寶美術館S-Gallery芸術作品に触れる美術館
- 富士見百景境河岸から富士山を望む景観
木モクセイ花カンナ境町の木・花
境町のなりたち
境町(さかいまち)は、茨城県県西地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。静村・長田村・猿島村・森戸村・境町です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の境町になりました。
今の名前「境町」は、1920年にあった境町の名前を受け継いでいます。ほかの4の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の境町が約4km²だったのに対し、今の境町は約46km²と、およそ12.9倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は猿島郡に属していました。
「境町」という名前
境という名前は、1889年に発足した境町から現在へ受け継がれています。1955年には旧境町と周辺四村が新設合併しましたが、新しい町も境町と名乗りました。旧町への単なる編入とは異なり、同じ名前の新しい自治体が生まれた形です。「境」という古い地名の詳しい由来ははっきりしていません。
まちの成り立ち
1889年(明治22年)4月1日の町村制で、猿島郡に境町・静村・長田村・猿島村・森戸村が発足しました。境町は利根川沿いの地域を担い、周辺の村々はそれぞれ複数の旧村をまとめて行政の区域を形づくりました。静村には塚崎や横塚など、長田村には長井戸や西泉田など、猿島村には山崎や染谷など、森戸村には伏木や若林などが含まれていました。
1955年3月16日、境町・静村・長田村・猿島村・森戸村の一町四村が新設合併しました。新しい自治体は境町の名前を引き継いでいます。旧境町も廃止され、四村とともに新しい境町の区域となりました。
この合併によって、利根川に接する町の中心部と周辺の田園地域が一つの町としてまとまりました。現在の住所にも塚崎・若林などの地名が残り、町の紹介では塚崎の獅子舞や若林の大杉ばやしが地域の行事として取り上げられています。
平成の大合併でも町の新設や他町村の編入はなく、昭和にまとまった境町が続いています。利根川の水辺と田園を持ち、さしま茶やレタス、ねぎ、トマトなどの農産物を生む地域として、旧町村の土地と暮らしを受け継いでいます。
年表
- 1889年4月1日明治22年猿島郡に境町・静村・長田村・猿島村・森戸村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1955年3月16日昭和30年境町・長田村・猿島村・森戸村・静村が合併し、新しい境町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。