茨城県 › 河内町

河内町かわちまち

1920年には4の町村だった区域が、4回の合併・編入を経て、今の河内町になりました。

4町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の河内町

茨城県南部、利根川と新利根川の間に広がるまちです。平坦な土地に水田が連なり、稲作が地域の主要な産業となっています。生板・源清田・長竿・金江津の地区があり、川沿いの集落と農地が町の景観を作っています。南側は利根川を挟んで千葉県に接し、橋を通じて対岸と結ばれています。かわち水と緑のふれあい公園などの水辺もあり、河川と農業の関係を身近に感じられるまちです。

今の河内町の区域の人口は、2020年の国勢調査で8,231人です。今の区域で数えた1980年の11,516人とくらべると28.5%減り、人口は1995年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は39.2%です。

8,231人人口(2020年)
−28.5%1980年からの増減
44.2km²面積(概算)
186人/km²人口密度
39.2%65歳以上の割合
11,7261980199020052020
15歳未満 7.2%15〜64歳 53.6%65歳以上 39.2%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:肥沃な低地を生かした米とレンコンの栽培が地域の主な産業です。

特産品・名産

  • 米利根川沿いの肥沃な土地で育つ
  • レンコン町を代表する農産物
  • 純米吟醸酒かわち丸地域の米を生かした地酒

見どころ・祭り

  • 水と緑のふれあい公園水辺と緑を楽しむ公園
  • 長竿亭古い住まいを生かした交流の拠点
  • 大利根飛行場利根川沿いの小型機の拠点

木ケヤキ河内町の木

河内町のなりたち

河内町(かわちまち)は、茨城県県南地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。生板村・源清田村・長竿村・金江津村です。これらの町村が、4回の合併や編入を経て、今の河内町になりました。

今の名前「河内町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の金江津村が約17km²だったのに対し、今の河内町は約44km²と、およそ2.6倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は稲敷郡に属していました。

41920年の町村の数
4回合併・編入の回数
44km²今の面積
1958年いちばん新しい合併

「河内町」という名前

河内町の名は、1955年の合併で成立した河内村から引き継いだものです。この地域には、稲敷郡の成立以前に河内郡という郡名がありました。新しい村名の詳しい選定理由ははっきりしていません。生板村・源清田村・長竿村が合併して河内村となり、後に金江津村も加わりました。1996年に町制を施行して、現在の河内町という名前になりました。

まちの成り立ち

河内町は、利根川と新利根川の間に広がる農村がまとまったまちです。1889年には生板村・源清田村・長竿村が発足しました。金江津地区は千葉県側の村に属していましたが、1899年の県境整理で利根川以北の区域などが茨城県へ移り、金江津村が成立しました。

1942年には源清田村と長竿村が新設合併して瑞穂村になりました。1949年には旧源清田村の区域が分立して源清田村となり、残った瑞穂村は1950年に長竿村へ改称しました。長竿村が一度名前を変えただけではなく、合併、分立、改称という三つの出来事が続いています。瑞穂村の区域から源清田村が分立し、残る瑞穂村が長竿村へ改称するという変化が続きました。

1955年に生板村・源清田村・長竿村が合併し、河内村が生まれました。1958年には金江津村を編入して、現在の町につながるまとまりができました。河内村は1996年に町制を施行して河内町となっています。平成の新設合併で町になったのではなく、昭和にできた村が町へ移行した形です。生板・源清田・長竿・金江津という地区名に、川沿いの旧村の歩みが残っています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、生板村・源清田村・長竿村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、千葉県香取郡に金江津村、下埴生郡に豊住村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  3. 1896年4月1日明治29年生板村・源清田村・長竿村の所属郡が河内郡から稲敷郡に変わった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  4. 1897年4月1日明治30年下埴生郡が印旛郡に統合され、豊住村の所属郡が変わった。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  5. 1899年4月1日明治32年千葉県の金江津村の一部(利根川以南を除く区域)と豊住村の田川が茨城県に移り、金江津村が生まれた。種類:県境を越えた編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  6. 1942年8月1日昭和17年源清田村と長竿村が合併し、瑞穂村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  7. 1949年8月1日昭和24年瑞穂村の旧源清田村の区域が分立し、源清田村が生まれた。種類:分割 出典:www.pref.ibaraki.jp
  8. 1950年11月3日昭和25年瑞穂村が長竿村に改称された。種類:改称 出典:www.pref.ibaraki.jp
  9. 1955年5月3日昭和30年生板村・源清田村・長竿村が合併し、河内村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.ibaraki.jp
  10. 1958年2月15日昭和33年金江津村が河内村に編入された。種類:編入 出典:www.pref.ibaraki.jp
  11. 1996年6月1日平成8年河内村が町制を施行し、河内町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.ibaraki.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

河内村→河内町1955〜今
金江津村1889〜1958
生板村1889〜1955
源清田村1889〜1955
長竿村→瑞穂村1889〜1955

参考にした資料