今の中頓別町
宗谷総合振興局の南部にある枝幸郡の山間の町です。宗谷管内で唯一、海に面していません。中央に敏音知岳や松音知岳があり、西部は天塩山脈に連なる山々、東部は北見山地の裾野で、町面積の8割が森林です。酪農と林業が盛んで、砂金の採れる川や、道指定の天然記念物の鍾乳洞があります。道の駅ピンネシリとピンネシリ温泉があります。
今の中頓別町の区域の人口は、2020年の国勢調査で1,637人です。今の区域で数えた1980年の4,203人とくらべると61.1%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.0%です。
主な産業:酪農と林業が盛んです。
特産品・名産
- なかとん牛乳町内で搾乳・製造される牛乳
- なかとん牛乳を使った菓子道の駅で販売されている
- 砂金町内の川で今も採れる
見どころ・祭り
- 中頓別鍾乳洞北海道指定天然記念物
- ペーチャン川砂金掘り体験場夏の一定期間に体験できる
- ピンネシリ温泉敏音知岳の麓の温泉
- 旧丹波屋旅館登録有形文化財
木アカエゾマツ花チシマザクラ中頓別町の木・花
中頓別町のなりたち
中頓別町(なかとんべつちょう)は、北海道宗谷地方の町です。
1920年の時点で、この区域の町村は枝幸郡に属していました。
「中頓別町」という名前
「中頓別」の「頓別」は、アイヌ語の「トウ・ウン・ペツ」(沼から出る川の意)が転訛した名とされます。1916年(大正5年)に枝幸村から頓別川流域が分かれて頓別村となりました。1921年(大正10年)に頓別川の上・中流域がさらに分かれる際、中頓別駅のあった市街が村の中心になったことから、「中頓別村」と名付けられました。
まちの成り立ち
中頓別は、もと枝幸郡の戸長役場に属する無人の頓別原野でした。1899年(明治32年)に頓別川支流の兵知安川の上流に砂金を採る人が入ったのが開拓の始まりとされています。1902年(明治35年)5月には栖原民之助が頓別原野に来住し、初めて農業に従事しました。1916年(大正5年)に頓別村が枝幸村から分かれ、同じ年に中頓別駅が開業しています。1921年(大正10年)4月1日に頓別村から分村して二級町村制が施行され、中頓別村が発足しました。1938年(昭和13年)に字名が改正され、1949年(昭和24年)11月1日に町制を施行して中頓別町になりました。1985年(昭和60年)には、町の木をアカエゾマツ、町の花をチシマザクラとすることが決まりました。町面積の8割は森林です。町内の頓別川では今も砂金が採れ、砂金掘りの体験場が開かれています。1989年(平成元年)5月1日に天北線が廃止され、代わりのバスが走るようになりました。
年表
- 1921年4月1日大正10年頓別村から分かれて北海道二級町村制を施行し、中頓別村が発足した。種類:分割 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1949年11月1日昭和24年中頓別村が町制を施行し、中頓別町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。