今の坂井市
福井県の北部にある市で、ほぼ全域が九頭竜川水系の流域です。旧三国町の河口付近より北は東尋坊の断崖など岩場が多く、南は砂地の三里浜が広がります。市域の大半は福井平野の平地で、東の端は山地にかかります。丸岡城や三国港のエッセル堤、東尋坊などの歴史・景勝地を持ち、県内でも観光客の多いまちです。
今の坂井市の区域の人口は、2020年の国勢調査で88,481人です。今の区域で数えた1980年の75,983人とくらべると16.4%ふえ、人口は2005年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は29.0%です。
主な産業:稲作や花らっきょなどの農業、臨海工業地帯の製造業、東尋坊などの観光が盛んです。
特産品・名産
- 花らっきょ全国一の生産量とされる
- 越のルビーミディトマトの一種
- 丸岡そば市の名産に挙げられる
見どころ・祭り
- 東尋坊国の名勝・天然記念物。断崖の景勝地
- 丸岡城国の重要文化財の天守が残る
- 三国港突堤(エッセル堤)国の史跡・重要文化財
- 雄島越前加賀海岸国定公園の景勝地
- 瀧谷寺庭園が国の名勝の寺
木サクラ花ユリ鳥カモメ坂井市の木・花・鳥
坂井市のなりたち
坂井市(さかいし)は、福井県嶺北地方の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、19の町村がありました。雄島村・加戸村・新保村・坪江村・本荘村・竹田村・長畝村・高椋村・鳴鹿村・磯部村・大石村・大関村・東十郷村・兵庫村・木部村・浜四郷村・三国町・丸岡町・春江村です。これらの町村が、6回の合併や編入を経て、今の坂井市になりました。
今の名前「坂井市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの19の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の竹田村が約50km²だったのに対し、今の坂井市は約210km²と、およそ4.2倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は坂井郡に属していました。郡は今は住所の表し方などに残るだけの区分ですが、町村がすべて市に入ったり合併したりして、坂井郡は2006年(平成18年)3月20日に廃止されました。
消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧大関村の区域には大関駅(えちぜん鉄道 三国芦原線)があります。旧三国町の区域には三国神社駅(えちぜん鉄道 三国芦原線)があります。旧丸岡町の区域には丸岡駅(ハピラインふくい線)があります。旧春江村の区域には春江駅(ハピラインふくい線)があります。
「坂井市」という名前
市の名の「坂井」は、この地域が属していた坂井郡の名を受け継いだものです。坂井郡は古代から続く郡で、名前の由来ははっきりしていません。2006年(平成18年)3月20日に坂井郡の三国町・丸岡町・春江町・坂井町の4町が合併して坂井市が生まれ、坂井郡はなくなりました。郡の名が市の名として残ったことになります。
まちの成り立ち
坂井市は九頭竜川の下流に広がる市です。河口の北には東尋坊の断崖が続き、南には砂地の三里浜があります。三国は北前船の寄る港町として栄え、丸岡は丸岡城の城下町として、江戸時代には丸岡藩が置かれました。
1889年(明治22年)の町村制で、今の市域には三国町・丸岡町と、雄島村・加戸村・新保村・木部村・東十郷村・大関村・兵庫村・春江村・大石村・長畝村・竹田村・高椋村・鳴鹿村・磯部村などができました。1942年(昭和17年)に春江村が町制を施行して春江町となります。
昭和の大合併では、1954年(昭和29年)3月31日に三国町・新保村・雄島村・加戸村が合併して新しい三国町が生まれました。1955年(昭和30年)3月31日には、丸岡町と長畝村・竹田村・高椋村・鳴鹿村・磯部村が合併して新しい丸岡町に、春江町と大石村が合併して新しい春江町に、東十郷村・兵庫村・大関村が合併して坂井村になりました。坂井村は1956年に木部村を編入し、1961年(昭和36年)に町制を施行して坂井町となります。このほか、隣の芦原町・金津町や浜四郷村などから、一部の地区が三国町や丸岡町に移りました。
2006年(平成18年)3月20日、三国町・丸岡町・春江町・坂井町が合併して坂井市が生まれました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、坂井郡に三国町・丸岡町・雄島村・加戸村・新保村・本荘村・木部村・浜四郷村・東十郷村・大関村・兵庫村・坪江村・長畝村・竹田村・高椋村・鳴鹿村・磯部村・春江村・大石村などが発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1942年4月3日昭和17年坂井郡春江村が町制を施行して春江町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1954年3月31日昭和29年坂井郡の三国町・新保村・雄島村・加戸村が合併し、改めて三国町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1954年10月5日昭和29年坂井郡の金津町・吉崎村・細呂木村・坪江村・伊井村が合併し、改めて金津町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年3月30日昭和30年坂井郡磯部村の一部が春江町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年坂井郡の丸岡町・長畝村・竹田村・高椋村・鳴鹿村・磯部村が合併して改めて丸岡町が、春江町・大石村が合併して改めて春江町が、東十郷村・兵庫村・大関村が合併して坂井村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年坂井郡の芦原町・本荘村・北潟村が合併し、改めて芦原町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1955年7月15日昭和30年坂井郡芦原町の一部(竹松・西今市・藤沢・玉江)が三国町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1955年8月31日昭和30年坂井郡金津町の一部(坪江・川上・乗兼・堀水・里竹田)が丸岡町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1956年9月30日昭和31年坂井郡木部村が坂井村に編入された。種類:編入 出典:Wikipedia
- 1957年1月1日昭和32年坂井郡浜四郷村が分割され、横越・下野・西野中・山岸・黒目・米納津・沖野々が三国町に、残りが川西村に編入された。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1957年1月1日昭和32年坂井郡坂井村の一部(石丸・野中・油屋・楽円・川崎・池見)が三国町に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1960年4月1日昭和35年坂井郡丸岡町の一部(鳴鹿山鹿)が吉田郡志比村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
- 1961年4月1日昭和36年坂井郡坂井村が町制を施行して坂井町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 2006年3月20日平成18年坂井郡の三国町・丸岡町・春江町・坂井町が合併し、市制を施行して坂井市が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。