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永平寺町えいへいじちょう

1920年には7の町村だった区域が、3回の合併・編入を経て、今の永平寺町になりました。

7町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の永平寺町

福井県の北部、嶺北にある内陸の町です。他県には接さず、北西は坂井市、北東は勝山市、南は福井市と接します。勝山盆地と福井平野のあいだを九頭竜川が東から西へ流れ、上流側から上志比地区、永平寺地区、下流側の松岡地区が並びます。道元が開いた曹洞宗の大本山永平寺の門前町として知られ、松岡地区には松岡藩の館跡や古墳群が残ります。

今の永平寺町の区域の人口は、2020年の国勢調査で18,965人です。今の区域で数えた1980年の19,667人とくらべると3.6%減り、人口は2000年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は30.3%です。

18,965人人口(2020年)
−3.6%1980年からの増減
94.43km²面積(国土地理院)
201人/km²人口密度
30.3%65歳以上の割合
21,1821980199020052020
15歳未満 11.4%15〜64歳 58.3%65歳以上 30.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:繊維工業と農業が主で、永平寺を中心とした観光も盛んです。

特産品・名産

  • 永平寺そば永平寺の名を冠した町の名産
  • 永平寺ごま豆腐精進料理に連なる名産
  • ニンニク町の名産に挙げられる農産物

見どころ・祭り

  • 永平寺曹洞宗の大本山。道元が開いた寺
  • 手繰ヶ城山古墳松岡古墳群にある古墳
  • 松岡館跡・お館の椿松岡の館跡
  • 九頭竜川鳴鹿大堰九頭竜川に設けられた堰
  • 永平寺ダム(大佛湖)大佛寺山を望むダム湖

木アブラギリ花ウメ永平寺町の木・花

永平寺町のなりたち

永平寺町(えいへいじちょう)は、福井県嶺北地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、7の町村がありました。浄法寺村・下志比村・志比谷村・五領ケ島村・吉野村・松岡村・上志比村です。これらの町村が、3回の合併や編入を経て、今の永平寺町になりました。

今の名前「永平寺町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの7の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の上志比村が約25km²だったのに対し、今の永平寺町は約94km²と、およそ3.7倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は吉田郡に属していました。

消えた町村の名前は、駅の名前に見ることができます。旧下志比村の区域には下志比駅(えちぜん鉄道 勝山永平寺線)があります。旧松岡村の区域には松岡駅(えちぜん鉄道 勝山永平寺線)があります。

71920年の町村の数
3回合併・編入の回数
94km²今の面積
2006年いちばん新しい合併

「永平寺町」という名前

町の名は、町内にある曹洞宗の大本山、永平寺にちなみます。永平寺は鎌倉時代に道元が開いた寺で、その門前には町並みが育ちました。この地域を含む志比村は、1962年(昭和37年)に町制を施行するときに名を永平寺町と改めました。2006年(平成18年)に松岡町・永平寺町・上志比村が合併して新しい町が生まれたときも、永平寺町の名が受け継がれました。

まちの成り立ち

永平寺町は九頭竜川の流域にあり、旧石器時代や縄文時代の遺跡が残ります。古墳時代には手繰ヶ城山古墳などの松岡古墳群が築かれ、平安時代の末には志比庄という大きな荘園が開かれました。鎌倉時代に道元が永平寺を開き、門前町が生まれます。江戸時代には松岡藩が置かれた時期もありました。

1889年(明治22年)の町村制で、吉田郡に松岡村・吉野村・五領ヶ島村・志比谷村・浄法寺村・上志比村・下志比村ができました。1930年(昭和5年)に松岡村が町制を施行して松岡町となります。1954年(昭和29年)3月31日には志比谷村・下志比村・浄法寺村が合併して志比村が生まれ、翌年3月31日には松岡町・吉野村・五領ヶ島村が合併して新しい松岡町が生まれました。1960年(昭和35年)には丸岡町から鳴鹿山鹿が志比村に移り、1962年(昭和37年)9月1日に志比村は町制を施行して永平寺町と名を改めました。

2006年(平成18年)2月13日、松岡町・永平寺町・上志比村が合併し、新しい永平寺町が生まれました。今は永平寺町だけで吉田郡をつくっています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、吉田郡に松岡村・吉野村・五領ヶ島村・志比谷村・浄法寺村・上志比村・下志比村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1930年2月11日昭和5年吉田郡松岡村が町制を施行して松岡町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  3. 1954年3月31日昭和29年吉田郡の志比谷村・下志比村・浄法寺村が合併して志比村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  4. 1955年3月31日昭和30年吉田郡の松岡町・吉野村・五領ヶ島村が合併し、改めて松岡町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
  5. 1960年4月1日昭和35年坂井郡丸岡町の一部(鳴鹿山鹿)が吉田郡志比村に編入された。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  6. 1962年9月1日昭和37年吉田郡志比村が町制を施行するとともに改称して永平寺町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  7. 2006年2月13日平成18年吉田郡の松岡町・永平寺町・上志比村が合併し、改めて永平寺町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

志比村→永平寺町1954〜今
松岡村→松岡町1889〜2006同じ名前の駅:松岡駅
五領ケ島村1889〜1955
吉野村1889〜1955
上志比村1889〜2006
浄法寺村1889〜1954
下志比村1889〜1954同じ名前の駅:下志比駅
志比谷村1889〜1954

参考にした資料