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南房総市みなみぼうそうし

1920年には18の町村だった区域が、9回の合併・編入を経て、今の南房総市になりました。

18町村から
系譜図:帯は町村が続いた期間、曲線は合わさった先。帯を押すとそのまちへ、なぞると地図で光ります。

今の南房総市

房総半島南部にあり、内房と外房の海岸、岬や港、山林と農地を持つ市です。富浦・富山・三芳・白浜・千倉・丸山・和田の七地域が合併して成立しました。伊予ヶ岳や富山、海岸があり、農地ではキンセンカなどの花や米が栽培されています。同じ市内でも、海に近い集落と山あいの農村では景観が異なります。旧七町村の呼び名は、現在も地域名として残っています。

今の南房総市の区域の人口は、2020年の国勢調査で35,831人です。今の区域で数えた1980年の55,652人とくらべると35.6%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は47.2%です。

35,831人人口(2020年)
−35.6%1980年からの増減
229.55km²面積(国土地理院)
156人/km²人口密度
47.2%65歳以上の割合
55,6521980199020052020
15歳未満 8.4%15〜64歳 44.4%65歳以上 47.2%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:花や果物の栽培、酪農、沿岸漁業と海辺の観光が地域を支えています。

特産品・名産

  • 房州びわ温暖な斜面で栽培する果実です。
  • 房州うちわ竹の丸い柄が特徴の伝統工芸品です。
  • 鯨のたれ鯨肉を味付けして干した郷土食品です。

見どころ・祭り

  • 野島埼灯台房総半島の南端に立つ灯台です。
  • 原岡桟橋海へ延びる木製の桟橋です。
  • 小松寺紅葉に彩られる千倉の寺院です。

南房総市のなりたち

南房総市(みなみぼうそうし)は、千葉県安房地域の市です。今の市の区域には、1920年(大正9年)の時点で、18の町村がありました。滝田村・国府村・稲都村・長尾村・健田村・七浦村・千歳村・平群村・岩井村・丸村・豊田村・北三原村・八束村・南三原村・和田町・富浦村・曦町・白浜村です。これらの町村が、9回の合併や編入を経て、今の南房総市になりました。

今の名前「南房総市」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの18の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。

面積は、1920年の丸村が約28km²だったのに対し、今の南房総市は約228km²と、およそ8.0倍になりました。

1920年の時点で、この区域の町村は安房郡に属していました。

181920年の町村の数
9回合併・編入の回数
230km²今の面積
2006年いちばん新しい合併

「南房総市」という名前

南房総市は、2006年に安房地域の七町村が合併して生まれた市の名前です。富浦・富山・三芳・白浜・千倉・丸山・和田という旧町村名を並べる形ではなく、房総半島南部を示す地域の呼び名を採用しています。市名は、七町村を一つにまとめる広域の呼び名です。語源ははっきりしていません。

まちの成り立ち

1889年(明治22年)の町村制で、今の市域には十八の村が発足しました。平郡に富浦・八束・岩井・平群・滝田・国府、安房郡に長尾・稲都、朝夷郡に白浜・七浦・曦・健田・千歳・豊田・丸・北三原・南三原・和田の各村が置かれました。1897年に三つの郡などが統合され、いずれも安房郡に属しました。

和田村は1899年、曦村は1900年、岩井村は1928年に町となり、曦町は1920年に千倉町へ改称しました。1933年には白浜村と富浦村も町制を施行しました。港や集落ごとの町村が、昭和の合併前まで行政を担っていました。

1953年に滝田・国府・稲都の三村が三芳村となりました。1954年には白浜町と長尾村、千倉町と七浦・健田の二村が合併し、千倉町にはさらに千歳村が編入されました。1955年には岩井町と平群村が富山町、豊田村・丸村と千倉町の一部が丸山町となりました。富浦町と八束村、和田町と北三原村も合併しています。1956年には南三原村が和田町と丸山町へ分割編入されました。

2006年3月20日、富浦町・富山町・三芳村・白浜町・千倉町・丸山町・和田町の七町村が合併し、南房総市が発足しました。内房と外房の海岸、房総半島南端と内陸の農村を合わせた市となっています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年平郡に富浦村・八束村・岩井村・平群村・滝田村・国府村が、安房郡に長尾村・稲都村が、朝夷郡に白浜村・七浦村・曦村・健田村・千歳村・豊田村・丸村・北三原村・南三原村・和田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1897年4月1日明治30年平郡・朝夷郡・安房郡・長狭郡が統合され、富浦村などが新しい安房郡に属した。種類:郡の変更 出典:Wikipedia
  3. 1899年3月13日明治32年和田村が町制を施行し、和田町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  4. 1900年6月25日明治33年曦村が町制を施行し、曦町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
  5. 1920年10月1日大正9年曦町が千倉町に改称した。種類:改称 出典:www.pref.chiba.lg.jp
  6. 1928年11月10日昭和3年岩井村が町制を施行し、岩井町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.chiba.lg.jp
  7. 1933年4月1日昭和8年白浜村が町制を施行し、白浜町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.chiba.lg.jp
  8. 1933年4月3日昭和8年富浦村が町制を施行し、富浦町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.chiba.lg.jp
  9. 1953年5月1日昭和28年滝田村・国府村・稲都村が合併し、三芳村が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.chiba.lg.jp
  10. 1954年3月3日昭和29年白浜町と長尾村が合併し、新しい白浜町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.chiba.lg.jp
  11. 1954年4月1日昭和29年千倉町・七浦村・健田村が合併し、新しい千倉町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.chiba.lg.jp
  12. 1954年8月1日昭和29年千歳村が千倉町に編入された。種類:編入 出典:www.pref.chiba.lg.jp
  13. 1955年2月11日昭和30年岩井町と平群村が合併し、富山町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.chiba.lg.jp
  14. 1955年3月15日昭和30年豊田村・丸村と千倉町の安馬谷・峰・白子の一部が合併し、丸山町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.chiba.lg.jp
  15. 1955年3月31日昭和30年富浦町と八束村が合併し、新しい富浦町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.chiba.lg.jp
  16. 1955年3月31日昭和30年和田町と北三原村が合併し、新しい和田町が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.chiba.lg.jp
  17. 1956年9月1日昭和31年南三原村が分割され、海発の一部が丸山町に、残部が和田町に編入された。種類:分割 出典:www.pref.chiba.lg.jp
  18. 2006年3月20日平成18年富浦町・富山町・三芳村・白浜町・千倉町・丸山町・和田町が合併し、南房総市が生まれた。種類:新設合併 出典:www.pref.chiba.lg.jp

今の区域にあった町村

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

南房総市2006〜今
和田町1899〜2006
南三原村1889〜1956
北三原村1889〜1955
富浦村→富浦町1889〜2006
八束村1889〜1955
曦町→千倉町1900〜2006
千歳村1889〜1954
健田村1889〜1954
七浦村1889〜1954
白浜村→白浜町1889〜2006
長尾村1889〜1954
丸山町1954〜2006
丸村1890〜1955
豊田村1889〜1955
富山町1955〜2006
平群村1889〜1955
岩井村→岩井町1889〜1955
三芳村1953〜2006
滝田村1889〜1953
国府村1889〜1953
稲都村1889〜1953

参考にした資料