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六戸町ろくのへまち

六戸町は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている町です。

1町村から

今の六戸町

上北郡の南東部にある、全体が平らな町です。十和田湖を源とする奥入瀬川が町の南を流れ、中北部には三本木原の台地が広がります。人工の川の稲生川が流れ、水田を潤しています。ナガイモやニンニクなどの畑作が盛んで、工業団地もあります。県南有数の桜の名所である舘野公園や、古牧温泉が知られます。

今の六戸町の区域の人口は、2020年の国勢調査で10,447人です。今の区域で数えた1980年の10,532人とくらべると0.8%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は33.8%です。

10,447人人口(2020年)
−0.8%1980年からの増減
89.2km²面積(概算)
117人/km²人口密度
33.8%65歳以上の割合
10,9311980199020052020
15歳未満 13.3%15〜64歳 52.9%65歳以上 33.8%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:ニンニクやナガイモなどの農業と、金矢工業団地の工場があります。

特産品・名産

  • ニンニク町の主な農産物
  • ナガイモ町の主な農産物

見どころ・祭り

  • 舘野公園県南有数の桜の名所。ヤマザクラが多い
  • 古牧温泉施設の敷地の一部が町内にある温泉地
  • 上吉田南部駒踊り野馬取りの様子を踊りにした芸能
  • 今熊神楽町に伝わる神楽

木楓花やまざくら鳥ひばり六戸町の木・花・鳥

六戸町のなりたち

六戸町(ろくのへまち)は、青森県上北地域の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに六戸村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい町です。

1920年の時点で、この区域の町村は上北郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
89km²今の面積

「六戸町」という名前

「六戸」は、岩手県北部から青森県東部にかけて並ぶ、一戸から九戸までの「戸」の付く地名の一つです。「戸」が何を表すかには、牧場の区分とする説などがありますが、はっきりしていません。古くは今の六戸町だけでなく、奥入瀬川の流域一帯を指す呼び名だったとする説もあります。

まちの成り立ち

六戸町は上北郡の南東部にあり、町の全体が平らな地形です。十和田湖を源とする奥入瀬川が町の南を東へ流れ、中北部には三本木原と呼ばれる台地が広がります。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、上吉田村・下吉田村・鶴喰村・柳町村・小平村・折茂村・犬落瀬村の7村が一つになり、六戸村が発足しました。もとの村の名は、今も大字として残っています。1948年(昭和23年)2月11日には、犬落瀬の一部が、三沢村などと合わさって生まれた大三沢町(今の三沢市)に加わりました。1957年(昭和32年)10月1日に町制を施行し、六戸町となりました。平成の合併の時期には、下田町・百石町と合併を話し合う協議会に加わりましたが、2005年(平成17年)に協議会を離れ、単独の町として続いています。農業ではナガイモやニンニクが作られ、金矢工業団地には工場が進出しています。舘野公園は県南有数の桜の名所で、ヤマザクラが多く植えられています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、上北郡の上吉田村・下吉田村・鶴喰村・柳町村・小平村・折茂村・犬落瀬村が合併して六戸村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1948年2月11日昭和23年上北郡六戸村の一部(犬落瀬の一部)が、三沢村などと合わさって発足した大三沢町に加わった。種類:一部編入 出典:Wikipedia
  3. 1957年10月1日昭和32年上北郡六戸村が町制を施行して六戸町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  4. 2005年2月10日平成17年百石町・下田町・六戸町の合併協議会から六戸町が離れ、協議会の規約が改められた。種類:その他 出典:www.pref.aomori.lg.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

六戸村→六戸町1889〜今

参考にした資料