今の今別町
津軽半島の北部、三厩湾に面した町です。東西を四ッ滝山と丸屋形岳に囲まれ、今別川・長川・黒崎川が湾に注ぎます。海岸には鋳釜崎・高野崎・弁天崎が突き出し、袰月海岸などの景勝地があります。津軽藩の時代はヒバの積出港でした。青函トンネルの本州側の入口があり、北海道新幹線の奥津軽いまべつ駅が置かれています。郷土芸能の荒馬まつりが受け継がれています。
今の今別町の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,334人です。今の区域で数えた1980年の7,113人とくらべると67.2%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は55.3%です。
主な産業:沿岸の漁業と農業・畜産が営まれ、道の駅やキャンプ場などの観光施設もあります。
特産品・名産
- いまべつ牛町で育てる黒毛和牛
- 今別昆布津軽海峡でとれる昆布
- 一球入魂かぼちゃ町の特産品として売られるかぼちゃ
- もずくうどんもずくを練り込んだうどん
見どころ・祭り
- 袰月海岸海岸線が続く景勝地
- 青銅塔婆(本覚寺)県重宝に指定された塔婆
- 赤根沢の赤岩県の天然記念物
- だるま滝達磨に似た岩を流れる滝
- 荒馬の里資料館郷土芸能の荒馬を伝える資料館
木ヒバ花キク鳥カモメ今別町の木・花・鳥
今別町のなりたち
今別町(いまべつまち)は、青森県東青地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。一本木村・今別村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の今別町になりました。
今の名前「今別町」は、1920年にあった今別村の名前を受け継いでいます。ほかの1の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
1920年の時点で、この区域の町村は東津軽郡に属していました。
「今別町」という名前
「今別」の名の由来ははっきりしていません。1889年(明治22年)の町村制で、今別・浜名・大川平・鍋田の4村が一つになったとき、今別村の名が使われました。1955年(昭和30年)3月31日に今別村と一本木村が合併して町になったときも、今別の名がそのまま町の名になりました。
まちの成り立ち
今別は津軽半島の北部にあり、北は津軽海峡の三厩湾に面します。東西を四ッ滝山と丸屋形岳に囲まれ、今別川・長川・黒崎川の流域が町の範囲です。海岸には鋳釜崎・高野崎・弁天崎が突き出しています。津軽藩の時代、今別はヒバの積出港としてにぎわいました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、今別・浜名・大川平・鍋田の4村が合わさった今別村と、一本木村がそれぞれ発足しました。1955年(昭和30年)3月31日、今別村と一本木村が合併して今別町が生まれました。平成の合併の時期には、東津軽郡の5町村で合併を話し合いましたが、2003年(平成15年)に協議会が廃止され、今別町は単独の町として続いています。町内には県重宝の青銅塔婆や、大開城跡が残ります。郷土芸能の荒馬まつりは毎年8月上旬に行われます。青函トンネルの本州側の入口も町内にあり、北海道新幹線の奥津軽いまべつ駅があります。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、東津軽郡の今別村・浜名村・大川平村・鍋田村が合併して今別村が発足し、一本木村は単独で村制を施行した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1955年3月31日昭和30年東津軽郡の今別村と一本木村が合併して今別町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.aomori.lg.jp
- 2003年3月31日平成15年蟹田町・今別町・蓬田村・平舘村・三厩村でつくった東津軽5町村任意合併協議会が廃止され、今別町は合併しなかった。種類:その他 出典:www.pref.aomori.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。