今の井川町
秋田県のほぼ中央、南秋田郡にある町です。出羽丘陵から八郎潟の残存湖へ流れる井川に沿って開け、東西に約14km、南北に約4kmと細長い形をしています。東部は波のような段丘、西部は平らな水田地帯です。約200種2,000本の桜を集めた日本国花苑があり、「桜の里」として桜を生かしたまちづくりが行われています。
今の井川町の区域の人口は、2020年の国勢調査で4,566人です。今の区域で数えた1980年の6,380人とくらべると28.4%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は43.5%です。
主な産業:西部の平らな土地に広がる水田での米づくりが中心です。
特産品・名産
- さくらアイス八重桜の花びらを練り込んだアイス
- いかわ米町でとれたあきたこまち
見どころ・祭り
- 日本国花苑約200種2,000本の桜を集めた40haの公園
- 日本国花苑バラ園国花苑の中に整えられたバラ園
- サルスベリの街路樹国道285号沿い2.8kmに続く並木
- 井川さくら駅1995年に開業したJRの駅
井川町のなりたち
井川町(いかわまち)は、秋田県県央の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。下井河村・上井河村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の井川町になりました。
今の名前「井川町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の上井河村が約37km²だったのに対し、今の井川町は約56km²と、およそ1.5倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は南秋田郡に属していました。
「井川町」という名前
「井川」という名の由来は、はっきりしていません。町の中央を流れる川も井川と呼ばれ、町はこの川に沿って開けています。鎌倉時代の『吾妻鏡』に見える「秋田郡湯河」が今の井川のあたりと考えられています。1889年(明治22年)には上井河村と下井河村が置かれ、1955年(昭和30年)に両村が合併したときに「井川」の字を使った井川村が生まれました。
まちの成り立ち
井川町は秋田県のほぼ中央にあり、出羽丘陵から八郎潟の残存湖へ流れる井川に沿って、東西に細長く広がっています。東部は段丘、西部は平らな水田地帯です。
1889年(明治22年)4月1日の町村制の施行で、南秋田郡に下井河村と上井河村が発足しました。1955年(昭和30年)2月1日、昭和の大合併で両村が合併し、井川村が生まれます。1972年(昭和47年)からは全国から集めた桜の植樹が始まり、のちに約200種2,000本の桜が植えられた日本国花苑が整えられました。
1974年(昭和49年)6月1日、井川村は町制を施行して井川町となりました。町民憲章もこの日に定められています。1995年(平成7年)12月にはJR奥羽本線に井川さくら駅が開業しました。平成の大合併では、五城目町・八郎潟町と法定の合併協議会を設けましたが、2005年(平成17年)に井川町が協議会から離れ、協議会は廃止されました。井川町は合併せずに町として続いています。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、南秋田郡に下井河村と上井河村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1955年2月1日昭和30年南秋田郡の下井河村と上井河村が合併して井川村が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
- 1974年6月1日昭和49年南秋田郡井川村が町制を施行して井川町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。