1266
進軍ルート
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グラフをクリックするとその時点へ移動します。面積はこの地図の範囲(日本・朝鮮半島・遼東・中国の東部)で計算した概算です。元の本土(モンゴル高原・華北)や、南宋の福建・広東などは範囲の外です。
部隊の位置・兵力は通説に基づく概略図です。兵力の数字には諸説あります。←→キーでも場面を移動できます。
1266年にモンゴルの皇帝クビライが日本へ国書を送ってから、高麗の三別抄の乱、1274年の文永の役、元による南宋の征服、博多湾の石築地、1281年の弘安の役と鷹島沖の大風を経て、1294年のクビライの死まで、日本・高麗・元・南宋の勢力の移り変わりを、月ごとに地図の上にたどれるサイトです。姉妹サイト「源平合戦 勢力図」「南北朝 勢力図」と同じしくみで作っています。
日本の国々は鎌倉幕府の支配として示し、九州は守護の家(少弐・大友・島津)ごとに塗り分けています。朝鮮半島は高麗の道、中国は現在の省をもとにまとめた大まかな区分です。元軍の兵や船の数、元軍が引き上げた理由、大風の有無などには諸説があります。月は当時の暦(旧暦)で、閏月は前の月に含めています。