合戦絵巻 ─ 百年戦争 勢力図

カスティヨンの戦い

1453年7月17日 / フランス南西部 カスティヨン(ボルドーの東)

7月16日

大砲の陣地

1粒=約100人

1453年7月17日、フランス南西部のカスティヨンで、ビュロー兄弟の大砲を並べたフランス軍が、タルボットの率いるイングランド軍を打ち破った。塹壕で囲んだ陣地に突撃したイングランド兵は大砲の砲火に倒れ、80歳近いタルボットも戦死した。この戦いで、116年にわたる百年戦争は終わったとされる。

上の観戦プレイヤーでは、フランス軍(ビュロー兄弟)約8,300とイングランド軍(タルボット)約6,000、あわせて約1.4万の兵を1粒=100人で描き、布陣から決着までの5つの場面を再生する。場面のボタンで、見たいところへ飛べる。

フランス軍(ビュロー兄弟)
約8,300
イングランド軍(タルボット)
約6,000
いつ
7月16日 → 結果

なぜ戦ったのか

ジャンヌ・ダルクの登場のあと、フランスは勢いを取り戻した。1435年にはブルゴーニュ公がフランス王と和解し、1436年にパリを、1450年にはノルマンディーを取り戻した。

1451年、フランス軍は、300年にわたってイングランドの領地だった南西部のギュイエンヌ(ボルドーのあたり)も手に入れた。しかしワインの貿易でイングランドと強く結びついていたボルドーの人々は、イングランドに助けを求めた。

1452年、老将タルボットがボルドーに上陸して町を取り戻した。翌1453年、フランス軍は再びギュイエンヌに攻めこみ、カスティヨンの町を囲んだ。

合戦の経過

場面の「▶ この場面を見る」で、上のプレイヤーがその場面を再生します。

17月16日

大砲の陣地

フランス軍はカスティヨンの町を囲み、川のそばに長い塹壕と柵で囲んだ陣地を築き、砲術の名人ビュロー兄弟の大砲を並べた。ボルドーにいたタルボットは、町を救うため夜通し進軍した。

27月17日 朝

撤退と見まちがえる

陣地から土ぼこりが上がるのを見た町の者が「フランス軍が逃げていく」と伝えた。実際は、陣地から馬を出していただけだった。80歳近いタルボットは、兵がそろうのを待たずに突撃を命じた。

3朝

砲火

塹壕に向かって突き進むイングランド兵に、大砲と銃が一斉に火を噴いた。一発の砲弾で5〜6人が倒れたという。1時間ほど、兵たちは塹壕を越えようとしては倒れた。

4昼前

タルボットの最期

側面からブルターニュの騎兵が突撃し、イングランド軍は崩れた。タルボットの馬は砲弾に倒され、下敷きになったタルボットは斧で討たれた。

5結果

カスティヨンの戦いの結果

10月、ボルドーが降り、イングランドはカレー以外の大陸の領地をすべて失った。和平条約は結ばれなかったが、これで百年戦争は終わったとされる。同じ年、東ではオスマン帝国が大砲でコンスタンティノープルを落としていた。大砲は、城と騎士の時代を終わらせていった。

勝敗を分けたもの

大砲の陣地

フランス軍は、砲術の名人ビュロー兄弟の指揮で、川のそばに塹壕と柵で囲んだ陣地を築き、数百門の大砲を並べた。攻めてくる敵を大砲で迎え撃つための陣地だった。

見まちがえ

陣地から土ぼこりが上がるのを見た町の者が、フランス軍が逃げていくと伝えた。実際は馬を出していただけだったが、タルボットは兵がそろうのを待たずに突撃を命じた。

横からの騎兵

大砲の砲火で動けなくなったイングランド軍に、ブルターニュの騎兵が横から突撃した。イングランド軍は崩れ、タルボットも討たれた。

主な武将とその後

タルボットイングランド軍(タルボット)

イングランドの老将で、「イングランドのアキレス」とも呼ばれた。突撃の先頭に立ったが、馬を砲弾に倒され、下敷きになって討たれた。

ジャン・ビュローフランス軍(ビュロー兄弟)

フランス王シャルル7世に仕えた砲術の専門家。弟のガスパールとともに、大砲を使ってイングランドの城や軍を次々に破った。

合戦のあと

10月、ボルドーが降伏し、イングランドは大陸の領地をカレーのほかはすべて失った。和平の条約は結ばれなかったが、これで百年戦争は終わったとされる。

イングランドではまもなく、王家の争いであるばら戦争が始まった。同じ1453年、東ではオスマン帝国が巨大な大砲でコンスタンティノープルを落とし、ビザンツ帝国が滅んだ。大砲は、城と騎士の時代を終わらせていった。

諸説と論点

大砲だけで勝ったのか

カスティヨンは「大砲が勝敗を決めた最初の戦い」とよくいわれる。実際には、タルボットのあせった突撃と、ブルターニュの騎兵の側面攻撃も大きく、大砲だけで勝ったわけではない。

関連年表

1429年オルレアンの解放
1435年アラスの和約。ブルゴーニュ公がフランス王と和解
1450年フランスがノルマンディーを取り戻す
1452年タルボットがボルドーを取り戻す
1453年5月オスマン帝国がコンスタンティノープルを落とす
1453年7月17日カスティヨンの戦い。百年戦争が終わる
1455年イングランドでばら戦争が始まる

両軍の陣容

フランス軍(ビュロー兄弟)約8,300

部隊兵力その後
フランスの陣地(塹壕と柵)陣地
ビュロー兄弟の大砲 約300門大砲 約300門
フランス軍 約7000約7,000
ブルターニュの騎兵約1,000

イングランド軍(タルボット)約6,000

部隊兵力その後
タルボット約1,000損害
イングランド・ガスコーニュ軍 約6000約5,000損害

決め手

砲火

塹壕に向かって突き進むイングランド兵に、大砲と銃が一斉に火を噴いた。一発の砲弾で5〜6人が倒れたという。1時間ほど、兵たちは塹壕を越えようとしては倒れた。

あわせて見たい合戦

部隊の位置・兵力は通説にもとづく概略です。兵力には諸説があります。粒の1つがおよそ100人を表します。この合戦は「百年戦争 勢力図」の中でも、合戦アニメとして見られます。
主な参考:佐藤猛『百年戦争 ─ 中世ヨーロッパ最後の戦い』(中公新書)