路線クロニクル日本の鉄道史 ─ 1路線の一生を再生する

路線クロニクル

渚滑線1923年開業・1985年廃止

渚滑〜北見滝ノ上 (廃止)

渚滑線は、北海道のオホーツク海側にある渚滑から、滝上町の北見滝ノ上までを結んでいた国鉄の路線である。森林地帯をゆく木材輸送の路線であったが、1985年に廃止された。

最も長かったころ
34 km(1923年)
駅の数
12駅
開業
1923年
廃止
1985年

この路線のなりたち

渚滑線は、名寄本線の渚滑駅から、渚滑川に沿って山へ向かう路線として、1923年に開業した。国土数値情報の記録では約34キロメートルである。沿線は豊かな森林地帯で、切り出した木材を運び出すことが目的の一つだった。

戦後は、開拓や農業の発展にともなって、沿線に新しい駅も造られた。しかし、林業の衰えや自動車の普及により、利用者は減っていった。1985年に廃止され、その後はバスが引き継いだ。

路線の歩み

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11923年

開業

1923年、渚滑線の約34kmの線路が開業した。渚滑・下渚滑・中渚滑・上渚滑・滝ノ下などの駅が、このころ開業している。

21949年

国鉄の路線に

1949年、国の鉄道は日本国有鉄道(国鉄)となり、この路線も国鉄の線になった。

31985年

渚滑線、廃止

1985年、残る約34kmが廃止され、渚滑線は姿を消した。渚滑・元西・下渚滑・十六号線・中渚滑などの駅もなくなった。

4廃止のあと

廃線跡

線路の跡は、灰色の点線で描いている。駅の跡や鉄橋などが、いまも沿線に残っていることがある。

この路線の見どころ

渚滑川に沿う谷

線路は川に沿って山の奥へ進んだ。春から夏にかけては緑が深く、秋の紅葉も美しい土地である。

林業の町、滝上

終点の北見滝ノ上付近は、滝上町にあたる。林業の町として栄え、近年は芝ざくらの名所としても知られる。

番号の駅名

「十六号線」など、番号を使った駅名が見られる。開拓地の区画の呼び方に由来するもので、北海道の開拓の歴史を思わせる。

廃止のあと

1985年の廃止ののち、駅の跡や線路の跡は、道路や公園などに変わった所が多い。旧北見滝ノ上駅付近には、鉄道の記憶を残す取り組みがあるといわれる。

沿線の町では人口の減少が進み、バスによる移動が中心になっている。

区間の開業(年ごと)

地図データ上の線路の長さを、開業した年ごとに足したもの(公式の営業キロとは少し違います)。1950年より前は、駅の開業年から推定した年です。

1923年ごろ34.2 km

駅の一覧(12駅)

国土数値情報に記録された駅と、その供用開始年。1950年より前に廃止された駅は含みません。

駅開業その後
渚滑1923年1985年に北海道旅客鉄道へ
元西1956年1985年ごろ廃止
下渚滑1923年1985年ごろ廃止
十六号線1955年1985年ごろ廃止
中渚滑1923年1985年ごろ廃止
上東1955年1985年ごろ廃止
上渚滑1923年1985年ごろ廃止
奥東1955年1985年ごろ廃止
滝ノ下1923年1985年ごろ廃止
雄鎮内1955年1985年ごろ廃止
濁川1924年1985年ごろ廃止
北見滝ノ上1923年1985年ごろ廃止

接続する路線

同じ名前の駅でつながっている国鉄・JR・第三セクターの路線(いまはない線も含む)。

知っておきたいこと

名寄本線との関係

渚滑線は名寄本線から分かれる支線であった。名寄本線も1989年に廃止され、オホーツク地方の鉄道網は大きく変わった。

廃止の理由

廃止の背景には、利用者の減少に加えて、国鉄の財政が厳しかったことがある。同じころ、各地で似た路線が整理された。

線路の形と期間、駅の開業年は、国土数値情報「鉄道時系列データ」(国土交通省)を加工して作成しました。1950年より前に開業した区間の年は、駅の供用開始年から推定したもので、実際と前後することがあります。会社名・路線名の移り変わりと解説文は、このサイトでまとめたものです。
主な参考:国土交通省『国土数値情報 鉄道時系列データ』

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