路線クロニクル日本の鉄道史 ─ 1路線の一生を再生する

路線クロニクル

のと鉄道 能登線1959年開業・2005年廃止

穴水〜蛸島 (廃止)

のと鉄道 能登線は、1959年に最初の区間が開業した、いまはなき鉄道路線である。2005年に廃止されるまで、最も長かったころには約61kmの線路があった。この間、能登線・のと鉄道 能登線と名前を変えてきた。

最も長かったころ
61 km(1964年)
駅の数
39駅
開業
1959年
廃止
2005年

路線の歩み

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11959〜1964年

開業

1959年から1964年にかけて、能登線の約67kmの線路が開業した。穴水・中居・比良・鹿波・甲などの駅が、このころ開業している。

21988年

第三セクターへ

1988年、JRの能登線は第三セクターののと鉄道に引き継がれ、のと鉄道 能登線として再出発した。

32005年

のと鉄道 能登線、廃止

2005年、残る約61kmが廃止され、のと鉄道 能登線は姿を消した。穴水・中居・比良・鹿波・甲などの駅もなくなった。

4廃止のあと

廃線跡

線路の跡は、灰色の点線で描いている。駅の跡や鉄橋などが、いまも沿線に残っていることがある。

区間の開業(年ごと)

地図データ上の線路の長さを、開業した年ごとに足したもの(公式の営業キロとは少し違います)。1950年より前は、駅の開業年から推定した年です。

1959年22.8 km
1960年13.1 km
1963年16.7 km
1964年14.6 km

駅の一覧(39駅)

国土数値情報に記録された駅と、その供用開始年。1950年より前に廃止された駅は含みません。

駅開業その後
穴水1959年2005年にのと鉄道へ
のと穴水1959年1991年にのと鉄道へ
中居1959年2005年ごろ廃止
比良1959年2005年に東海交通事業へ
鹿波1959年2005年ごろ廃止
甲1959年2005年ごろ廃止
沖波1960年2005年ごろ廃止
前波1959年2005年ごろ廃止
立戸の浜1960年1988年ごろ廃止
古君1959年2005年ごろ廃止
鵜川1959年2005年ごろ廃止
七見1995年2005年ごろ廃止
矢波1960年2005年ごろ廃止
波並1960年2005年ごろ廃止
藤波1960年2005年ごろ廃止
宇出津1960年2005年ごろ廃止
羽根1963年2005年ごろ廃止
小浦1963年2005年に松浦鉄道へ
能登小浦1963年1988年ごろ廃止
縄文真脇1963年2005年ごろ廃止
真脇1963年1988年ごろ廃止
九十九湾小木1963年2005年ごろ廃止
能登小木1963年1988年ごろ廃止
白丸1963年2005年に東日本旅客鉄道へ
能登白丸1963年1988年ごろ廃止
九里川尻1963年2005年ごろ廃止
能登川尻1963年1988年ごろ廃止
松波1963年2005年ごろ廃止
恋路1964年2005年ごろ廃止
鵜島1964年2005年ごろ廃止
南黒丸1964年2005年ごろ廃止
鵜飼1964年2005年に西日本旅客鉄道へ
能登鵜飼1964年1988年ごろ廃止
上戸1964年2005年に東日本旅客鉄道へ
飯田1964年2005年に東海旅客鉄道へ
珠洲飯田1964年1988年ごろ廃止
珠洲1964年2005年ごろ廃止
正院1964年2005年ごろ廃止
蛸島1964年2005年ごろ廃止

接続する路線

同じ名前の駅でつながっている国鉄・JR・第三セクターの路線(いまはない線も含む)。

線路の形と期間、駅の開業年は、国土数値情報「鉄道時系列データ」(国土交通省)を加工して作成しました。1950年より前に開業した区間の年は、駅の供用開始年から推定したもので、実際と前後することがあります。会社名・路線名の移り変わりと解説文は、このサイトでまとめたものです。

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