路線クロニクル日本の鉄道史 ─ 1路線の一生を再生する

路線クロニクル

根北線1957年開業・1970年廃止

斜里〜十六号 (廃止)

根北線は、北海道の斜里から知床半島の付け根を越え、根室標津方面へ向かう計画で建設された国鉄の路線である。1957年に一部が開業したが、完成しないまま1970年に廃止された。

最も長かったころ
13 km(1957年)
駅の数
7駅
開業
1957年
廃止
1970年

この路線のなりたち

根北線は、オホーツク海側の斜里と、根室地方の標津を結び、根北峠を越える鉄道として計画された。名前の「根北」は、根室と北見をつなぐという意味とされる。戦後の1957年に斜里側が開業した。

しかし、峠を越える区間の工事は進まず、全線がつながることはなかった。利用者も少なく、国鉄の経営が厳しくなるなかで、1970年に廃止された。

路線の歩み

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11957年

開業

1957年、根北線の約13kmの線路が開業した。斜里・以久科・下越川・越川の駅が、このころ開業している。

21970年

根北線、廃止

1970年、残る約13kmが廃止され、根北線は姿を消した。斜里・以久科・下越川・越川・西二線などの駅もなくなった。

3廃止のあと

廃線跡

線路の跡は、灰色の点線で描いている。駅の跡や鉄橋などが、いまも沿線に残っていることがある。

この路線の見どころ

めがね橋の跡

越川の付近には、コンクリートで造られたアーチ型の橋が残っているとされる。使われないまま残された橋は、根北線の歴史を伝える遺構として知られる。

知床の玄関口

起点の斜里は、世界自然遺産の知床への玄関口である。いまも観光客がバスなどで訪れる。

未完成の鉄道

最初に計画された区間のうち、実際に列車が走ったのは一部だけである。全線完成を目ざした夢の路線であった。

廃止のあと

廃止後、線路の跡は道路や農地になった場所が多い。一方で、橋や駅の跡が一部に残り、遺産として見学されている。

斜里町の周辺では、地域の観光や歴史学習の素材として、根北線の跡が取り上げられることがある。

区間の開業(年ごと)

地図データ上の線路の長さを、開業した年ごとに足したもの(公式の営業キロとは少し違います)。1950年より前は、駅の開業年から推定した年です。

1957年12.7 km

駅の一覧(7駅)

国土数値情報に記録された駅と、その供用開始年。1950年より前に廃止された駅は含みません。

駅開業その後
斜里1957年1970年に北海道旅客鉄道へ
以久科1957年1970年ごろ廃止
下越川1957年1970年ごろ廃止
越川1957年1970年ごろ廃止
西二線1958年1970年ごろ廃止
十四号1958年1970年ごろ廃止
十六号1958年1970年ごろ廃止

接続する路線

同じ名前の駅でつながっている国鉄・JR・第三セクターの路線(いまはない線も含む)。

知っておきたいこと

国鉄廃止線のはしり

1970年の廃止は、国鉄の赤字路線が整理されはじめた時期にあたる。のちの特定地方交通線の廃止より前の例である。

線路の形と期間、駅の開業年は、国土数値情報「鉄道時系列データ」(国土交通省)を加工して作成しました。1950年より前に開業した区間の年は、駅の供用開始年から推定したもので、実際と前後することがあります。会社名・路線名の移り変わりと解説文は、このサイトでまとめたものです。
主な参考:国土交通省『国土数値情報 鉄道時系列データ』

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