路線クロニクル日本の鉄道史 ─ 1路線の一生を再生する

路線クロニクル

美幸線1964年開業・1985年廃止

美深〜仁宇布 (廃止)

美幸線は、北海道北部の美深から仁宇布までを結んでいた約21kmの国鉄線である。1964年に開業したが、赤字の大きさが知られ、1985年に廃止された。

最も長かったころ
21 km(1964年)
駅の数
4駅
開業
1964年
廃止
1985年

この路線のなりたち

美幸線は、宗谷本線の美深から分かれ、オホーツク海側の枝幸方面へ向かう計画で建設された路線である。名前の「美」は美深、「幸」は枝幸に関係するとされる。完成すれば、内陸と枝幸の海ぞいを結ぶ新しい道筋になると期待された。

1964年に、美深から仁宇布までの約21kmが開業した。駅は美深、東美深、辺渓、仁宇布の4つだけの、小さな路線である。しかし、仁宇布から先は完成しなかった。

国鉄が各地で新線をつくっていた時代に開いた路線で、すでに自動車が普及し始めていたこともあり、利用は少なかった。

路線の歩み

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11964年

開業

1964年、美幸線の約21kmの線路が開業した。美深・東美深・辺渓・仁宇布の駅が、このころ開業している。

21985年

美幸線、廃止

1985年、残る約21kmが廃止され、美幸線は姿を消した。美深・東美深・辺渓・仁宇布の駅もなくなった。

3廃止のあと

廃線跡

線路の跡は、灰色の点線で描いている。駅の跡や鉄橋などが、いまも沿線に残っていることがある。

この路線の見どころ

終点・仁宇布

終点の仁宇布は山あいの小さな集落である。そこから先、北見枝幸まで線路をのばす計画は、実現しなかった。

赤字の象徴

利用が少なく、国鉄の中でも赤字が大きい路線のひとつとして知られた。

行き止まりの新線

新しい線路を築いたのに、予定した終点まで届かなかったことは、当時の鉄道づくりが抱えた問題を示す例とされる。

廃止のあと

美幸線は1985年に廃止された。開業から21年ほどで、国鉄の路線としては短い寿命であった。

廃止後、仁宇布の周辺では、線路の跡を使った観光の取り組みが行われたことで知られている。

区間の開業(年ごと)

地図データ上の線路の長さを、開業した年ごとに足したもの(公式の営業キロとは少し違います)。1950年より前は、駅の開業年から推定した年です。

1964年21.2 km

駅の一覧(4駅)

国土数値情報に記録された駅と、その供用開始年。1950年より前に廃止された駅は含みません。

駅開業その後
美深1964年1985年に北海道旅客鉄道へ
東美深1964年1985年ごろ廃止
辺渓1964年1985年ごろ廃止
仁宇布1964年1985年ごろ廃止

接続する路線

同じ名前の駅でつながっている国鉄・JR・第三セクターの路線(いまはない線も含む)。

線路の形と期間、駅の開業年は、国土数値情報「鉄道時系列データ」(国土交通省)を加工して作成しました。1950年より前に開業した区間の年は、駅の供用開始年から推定したもので、実際と前後することがあります。会社名・路線名の移り変わりと解説文は、このサイトでまとめたものです。
主な参考:国土交通省『国土数値情報 鉄道時系列データ』

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