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道志村どうしむら

道志村は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている村です。

1町村から

今の道志村

山梨県の南東部、神奈川県との境にある村で、南都留郡に属します。村の中央を道志川が北東へ流れ、国道413号(道志みち)が川に沿って走ります。北は道志山塊、南は丹沢山塊の1,000m級の山々に挟まれた、東西に細長い木の葉の形をした村です。道志川の水源にあたり、村の約36%は横浜市水道局が水源林として保全しています。道沿いにはキャンプ場が多く並びます。

今の道志村の区域の人口は、2020年の国勢調査で1,607人です。今の区域で数えた1980年の2,231人とくらべると28.0%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は38.2%です。

1,607人人口(2020年)
−28.0%1980年からの増減
79.68km²面積(国土地理院)
20人/km²人口密度
38.2%65歳以上の割合
2,2311980199020052020
15歳未満 9.1%15〜64歳 52.7%65歳以上 38.2%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:観光(キャンプ場・温泉)、林業、クレソンなどの農業

特産品・名産

  • クレソンきれいな水で育てる。生産量全国1位とされる
  • 道志ポーク村の特産品の一つ
  • 酒饅頭村の特産品の一つ

見どころ・祭り

  • 道志の湯村内の温泉施設
  • 道の駅どうし道志みち沿いの道の駅
  • 久保吊り橋村の観光地の一つ
  • 雄滝・雌滝村の観光地の一つ
  • 道志川沿いのキャンプ場道志みち沿いに30以上が並ぶ

木杉花ヤマユリ道志村の木・花

道志村のなりたち

道志村(どうしむら)は、山梨県富士・東部地域の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに道志村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。

1920年の時点で、この区域の町村は南都留郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
80km²今の面積

「道志村」という名前

「道志」という村名の語源は、はっきりしていません。東西に細長い村を貫く道すじは、古くから「道志七里」と呼ばれてきました。村は東西28kmほどあり、東の端と西の端では季節がひと月ほど違うといわれます。この道は今の国道413号(道志みち)にあたり、山あいを抜ける道として使われてきました。

まちの成り立ち

道志は古代から江戸時代まで、甲斐国の東部にあたる都留郡に属していました。江戸時代には、道志村の1村のなかに32の小字が6つの組にまとめられ、組ごとに名主が置かれて、組が事実上の村として働いていました。木材をはじめとする山の産物があり、近代には小田原から木地職人が通って木地細工を行ったことから、村の木工は小田原との関わりが深いとされます。1878年(明治11年)の郡区町村編制法の施行で、道志村は新しくできた南都留郡に所属しました。1889年(明治22年)7月1日、町村制の施行により道志村が発足します。1932年(昭和7年)に山伏隧道が開通し、1950年(昭和25年)には富士山麓鉄道のバス路線が通じました。ほかの市町村とは合併しておらず、1889年に発足した区域が今も村として続いています。村の面積の約36%は横浜市水道局が水源林として持っており、2004年(平成16年)6月22日には横浜市と友好交流の提携を結びました。道志みち沿いには30を超えるキャンプ場が並んでいます。

年表

  1. 1889年7月1日明治22年町村制の施行により、南都留郡に道志村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1891年8月1日明治24年南都留郡で郡制が施行され、道志村は引き続き同郡に属した。種類:その他 出典:Wikipedia
  3. 2004年6月22日平成16年道志村が神奈川県横浜市と友好交流の提携を結んだ。種類:その他 出典:Wikipedia

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

道志村1889〜今

参考にした資料