今の古座川町
和歌山県南東部の内陸に広がる町です。北にそびえる大塔山に源を発した古座川が、町の中央を流れています。森林が町の大部分を占め、温暖で雨の多い気候を生かして林業が営まれてきました。川沿いには一枚岩や虫喰岩などの巨岩が見られ、支流の小川には岩床に穴が並ぶ滝の拝があります。七川地域ではゆずの栽培が盛んで、ダム湖畔には春になると桜が咲きます。
今の古座川町の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,480人です。今の区域で数えた1980年の5,030人とくらべると50.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は55.2%です。
主な産業:古座川材の林業、ゆずなどの農業、清流や奇岩を生かした観光が行われています。
特産品・名産
- ゆず七川地域で栽培し、加工品も作る
- にんにく休耕田を利用して栽培する特産品
- 古座川材温暖多雨な気候で育つ良質な木材
見どころ・祭り
- 古座川の一枚岩川辺にそびえる国指定天然記念物
- 高池の虫喰岩多数の穴が開いた国指定天然記念物
- 滝の拝小川の岩床に大小の穴が並ぶ
- 七川ダム湖畔湖畔に桜が咲く名所
木すぎ花やまざくら、クマノザクラ鳥うぐいす古座川町の木・花・鳥
古座川町のなりたち
古座川町(こざがわちょう)は、和歌山県紀南地域の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、5の町村がありました。七川村・小川村・高池町・三尾川村・明神村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の古座川町になりました。
今の名前「古座川町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの5の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の七川村が約104km²だったのに対し、今の古座川町は約286km²と、およそ2.8倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は東牟婁郡に属していました。
「古座川町」という名前
町名と同じ「古座川」の名には、川沿いの岩壁を神々の座である「神座」としたことから、「神座川」が「古座川」になったとする説があります。流域には一枚岩や虫喰岩などの巨岩・奇岩が多く見られます。1956年(昭和31年)、川沿いの高池町・明神村・小川村・三尾川村・七川村が合併し、古座川町が誕生しました。
まちの成り立ち
古座川町は、古座川とその支流に沿って暮らしが営まれてきた山間の町です。1889年(明治22年)の町村制で、東牟婁郡に高池村・明神村・小川村・三尾川村・七川村が発足しました。1900年(明治33年)には高池村が町となり、高池町に名前を変えました。
流域では木材が暮らしを支えました。温暖で雨の多い気候を生かし、良質な古座川材の産地として知られるようになりました。1925年(大正14年)には、北海道大学の付属演習林が設けられました。現在、平井地区にある北海道大学和歌山研究林の本館は、国の登録有形文化財となっています。
1956年(昭和31年)3月31日、高池町・明神村・小川村・三尾川村・七川村の一町四村が合併し、古座川町が発足しました。現在も高池・明神・小川・三尾川・七川は町内の地域名として使われています。役場のある高池、古座川と小川が合流する明神、ゆずの生産が盛んな七川など、それぞれの土地の特色が受け継がれています。古座川沿いの一枚岩や七川ダム湖畔、小川沿いの滝の拝は、流域の自然を伝える場所となっています。
年表
- 1889年町村制の施行により、東牟婁郡に高池村・明神村・小川村・三尾川村・七川村が発足した。種類:町村制 出典:www.town.kozagawa.lg.jp
- 1900年東牟婁郡高池村が町制を施行し、高池町となった。種類:町制施行 出典:www.town.kozagawa.lg.jp
- 1956年3月31日昭和31年東牟婁郡の高池町・明神村・小川村・三尾川村・七川村が合併し、古座川町が発足した。種類:新設合併 出典:www.town.kozagawa.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。