今の松茂町
徳島県の北東部、吉野川の河口に広がる三角州にある町です。板野郡に属し、徳島市と鳴門市の間に位置します。旧吉野川や今切川が流れ、起伏の少ない低地が続きます。江戸時代以降の新田開発で開かれた土地が多く、サツマイモやレンコンなどの農業と、ノリの養殖などの漁業が行われています。工業団地があり、徳島空港も町内にあります。
今の松茂町の区域の人口は、2020年の国勢調査で14,583人です。今の区域で数えた1980年の10,196人とくらべると43.0%ふえ、人口は2015年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は26.9%です。
主な産業:なると金時・レンコン・梨などの農業、ちりめんや海苔の漁業、工業団地の工場が中心です。
特産品・名産
- なると金時(松茂美人)松茂産のサツマイモは「松茂美人」の名で出荷される
- 梨幸水と豊水を栽培し、夏に出荷する
- 太白ちりめん長原漁港で水揚げされるちりめんじゃこ
- レンコン9月から4月まで出荷される
見どころ・祭り
- 樫野倶楽部旧樫野家住宅・旧大磯家住宅。国の登録有形文化財
- 月見ヶ丘海水浴場2007年に人工海水浴場として復活
- 不動院新四国曼荼羅霊場の第3番札所
木クロマツ花マツバギク松茂町の木・花
松茂町のなりたち
松茂町(まつしげちょう)は、徳島県東部の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに松茂村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい町です。
1920年の時点で、この区域の町村は板野郡に属していました。
「松茂町」という名前
「松茂」は、この辺りに松がたくさん生い茂っていたことにちなむ名とされます。吉野川河口の中州に江戸時代以降の新田開発で開かれた土地が多く、新田を守る堤防に松を多く植えたことが町名のもとになったと町は説明しています。1889年(明治22年)の町村制で十の浦・村・新田の区域が合わさって松茂村が発足し、そのまま村の名になりました。
まちの成り立ち
松茂町は、吉野川の河口にできた中州から形づくられた町です。江戸時代以降の新田開発で開かれた土地が多く、町名は堤防に植えた松にちなむとされます。1889年(明治22年)10月1日の町村制で、板野郡の中喜来浦、長岸村、広島浦、笹木野村、豊中新田、豊岡新田、長原浦、住吉新田、満穂新田、豊久新田の区域をもって松茂村が発足しました。その後は村のまま続き、1961年(昭和36年)8月1日に町制を施行して松茂町となりました。同じ日に町章も定められています。市町村の合併はなく、1889年の区域がそのまま今の町域になっています。町内には旧吉野川や今切川が流れ、低地が広がります。農業ではサツマイモ、レンコン、ナシ、ダイコンが作られ、漁業ではノリの養殖やちりめんの水揚げが行われています。松茂工業団地には工場が並び、徳島空港もあります。松茂産のなると金時は「松茂美人」の名で出荷されています。町内には海上自衛隊の徳島教育航空群などの施設もあります。
年表
- 1889年10月1日明治22年町村制の施行により、板野郡の中喜来浦・長岸村・広島浦など10の浦・村・新田の区域で松茂村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
- 1961年8月1日昭和36年板野郡松茂村が町制を施行して松茂町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.tokushima.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。