栃木県 › 野木町

野木町のぎまち

野木町は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている町です。

1町村から

今の野木町

栃木県の南端に位置し、茨城県古河市に接するまちです。西側には渡良瀬川の水辺があり、平坦な土地に住宅地や農地、工業の事業所が広がっています。宇都宮線の野木駅を中心に住宅地がまとまり、東京方面への交通を支えています。町内には野木神社や野木町煉瓦窯があり、地域の歴史を伝えています。ヒマワリは町の花に指定され、住宅地と農村、水辺が近接する町の景観に彩りを添えています。

今の野木町の区域の人口は、2020年の国勢調査で24,913人です。今の区域で数えた1980年の16,454人とくらべると51.4%ふえ、人口は2000年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は32.5%です。

24,913人人口(2020年)
+51.4%1980年からの増減
30.3km²面積(概算)
822人/km²人口密度
32.5%65歳以上の割合
26,6741980199020052020
15歳未満 11.7%15〜64歳 55.8%65歳以上 32.5%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:農業と工業が営まれ、鉄道沿線には住宅地が広がっています。

特産品・名産

  • ひまわりバーガーヒマワリの種などを使うかき揚げバーガー。
  • ひまわりサブレー地元産小麦とヒマワリ油を使う焼き菓子。
  • のぎあかり町内産の二条大麦を原料とする麦焼酎。

見どころ・祭り

  • 野木町煉瓦窯国の重要文化財に指定されたホフマン式輪窯。
  • 野木神社大イチョウや太々神楽を伝える神社。
  • ひまわりフェスティバル町の花を楽しむ夏の催し。

木エンジュ花ヒマワリ鳥フクロウ野木町の木・花・鳥

野木町のなりたち

野木町(のぎまち)は、栃木県県南地域の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに野木村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい町です。

1920年の時点で、この区域の町村は下都賀郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
30km²今の面積

「野木町」という名前

野木町の名は、町制施行前の野木村から引き継いだものです。1889年に十の村と新田の区域がまとまり、新しい野木村が発足しました。その前にも野木村という集落がありましたが、町村制後の村は周囲の集落を含む広い自治体でした。野木という地名の詳しい語源は、はっきりしていません。1963年の町制施行で野木町となった後も、明治以来の自治体名を受け継いでいます。

まちの成り立ち

野木町は、明治の町村制でまとまった村が、後に町へ移行した自治体です。1889年には友沼・潤島・若林・佐川野・南赤塚・中谷新田・丸林・野木・野渡・川田の十の村と新田の区域が合わさり、野木村が発足しました。旧野木村を含め、渡良瀬川に近い野渡から、町の東側にある佐川野までの集落が一つの村にまとまりました。

この村は、昭和の大合併で周囲の町村と合併することなく続きました。多くの自治体が村を合併して町へ移行した時期にも、野木は明治にできた一村のまとまりを保っています。1963年の元日に町制を施行し、野木町となりました。町になる際に新しい合併を行ったのではなく、野木村が町へ移ったものです。

平成の大合併でも独立した町として続いています。県境の南側にある茨城県古河市とは交通や日常の暮らしで結び付きがありますが、町は県境を越えた合併をせず、独立した自治体として続いています。町内には近代の煉瓦生産を支えた野木町煉瓦窯が残り、ホフマン式の輪窯が国の重要文化財に指定されています。現在の住宅地や工業の立地とともに、明治から続く村の骨格が町の中に残っています。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、友沼村・潤島村・若林村・佐川野村・南赤塚村・中谷新田・丸林村・野木村・野渡村・川田村の区域をもって野木村が発足した。種類:町村制 出典:www.pref.tochigi.lg.jp
  2. 1963年1月1日昭和38年野木村が町制を施行し、野木町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.tochigi.lg.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

野木村→野木町1889〜今

参考にした資料